工藤ゆき
「ここが二年F組か。」シャドウとえまは、教室の中をこっそりと覗いた。
「ほら、一番窓側の後ろの席の子が、工藤ゆきだよ。」
えまは、クラスの人にバレないように姿を隠して見た。
「うわ、きれいな子。」
工藤ゆきの容姿は、目がクリっとしていて、顔がとても小さく、物静かな雰囲気をまとっているお人形さんみたいな少女だった。
「私が男子だったら、すかさず話しかけに行くのになあ。ね、シャドウ」
シャドウは教室を見て、ただぼーっと立っていた。
「シャドウ?ねえシャドウ!」シャドウは、えまの声で我に返った。
「あ、何?聞いてなかった。」
「大丈夫?さっきからぼーっとしちゃって。」
「うん、大丈夫、大丈夫。」シャドウはいつものようにニコッと笑ってみせた。
「君たちが、影山双子かな。」後ろで低い声が聞こえたので、えまとシャドウが振り返ると、
「初めまして。僕は、一年F組の担任の広瀬だ。よろしくな。」広瀬先生は二人に握手を求めた。
「よろしくお願いします。広瀬先生。」えまとシャドウは、広瀬先生と握手を交わした。
「さあ、教室に入ろう。」「はい。」えまは、いつもより緊張した表情で教室に入っていった。
「みんな、席に着け。」広瀬先生の後ろに、えまとシャドウがついていくと
「あれ、誰?」
「転校生?」教室は一気にざわついた。そんなクラスを一人静かに工藤ゆきは見ていた。
「さあ、みんなに紹介する。影山葵くんと影山えまさんだ。」広瀬先生は黒板に名前を書いた。
「二人は、双子だそうだ。学校のことを二人に色々教えてあげてくれ。」
よろしくお願いしますとえまとシャドウは頭を下げた。
「席は、平井の隣に、葵くん、工藤の隣に、えまさんにしよう。」
えまとシャドウは言われた通りに席に着いた。えまは工藤ゆきの隣に座ると「よろしくね」と愛想良く話しかけた。しかし、工藤ゆきは無言で見る気もしない。
「あまり話しかけない方がいいよ。」
「工藤さん、何考えているかわからないから。」えまの前の席の二人の女子がこそっとそう言った。
ホームルームが終わり、シャドウの周りには、女子たちが集まっていた。
「葵くんって、カッコいいよね!」
「美少年って感じ。」
「今日、葵くんたちの歓迎会しようよ!」女子たちはシャドウの周りで大賑わいしてた。
「ありがとう。でも、今日用事あるから、また今度ね。」
シャドウは、女子たちに囲まれてどこか嬉しそうだ。
「もう、シャドウったら、もう目的忘れたのかしら。」そうえまは内心うんざりしながら、先ほど工藤ゆきについて話していた二人組と話していた。
「葵くん、モテモテだね。前の学校でもそんな感じだったの?」
「まあ、そうだね。」えまは困惑しながら答えた。
「ねえ、工藤さんってどんな子?」
「工藤さん?ああ、」二人は顔を見あわせ、困ったような表情を浮かべた。
「なんていうか・・クラスで浮いていて、話しかけてもしゃべらないし。みんなから白い目で見られていることは事実かな。」
「そうなんだ。」えまは、シャドウと出会う前の自分と重ねた。今でも思い出すとぞっとする。クラスの中で孤立しているだけでも苦しいのに、この二人みたいによく思っていない人が沢山いるクラスの中にいる工藤ゆきのことがとても気の毒に感じた。
昼休みの時間になった。えまは勇気を振り絞って、工藤ゆきのもとへ駆けよった。
「ねえ、一緒にご飯食べよう!」
えまは、明るく言った。するとクラス中が一気に静かになった。
「あの子、今、工藤さんに話しかけた?」
「すごい勇気ね、私なんか、あんな子に話しかけるなんて無理無理!」そんなひそひそ声が聞こえ始めた。しかし、工藤ゆきは、そんなえまを無視して、お弁当箱を机に広げた。
えまは気にせずに
「私、転校してきたばかりだからさ、色々教えてもらいたいな。」えまの何気ない会話を無視しながら工藤ゆきがお弁当箱を開けた。
「あれ?おいし・・」えまは、工藤ゆきのお弁当箱の中を見ると、画鋲がご飯の上に敷き詰められていた。
「これ・・これやったの誰?」
えまの声がクラス中に響き渡った。
「うふふふ、やばい、あんなお弁当食べるなんてかわいそう。」そんなクラスメイト笑い声と声がした。えまは、工藤ゆきの腕をつかんだ。
「早く、広瀬先生に相談しよう。」えまは、工藤ゆきを立たせようとした。しかし、その手を工藤ゆきは振り払って、教室を出て行ってしまった。
「あ、ちょっと待って。」えまは、急いで工藤ゆきを追った。
「葵くん、一緒にご飯食べ・・」数人の女子がシャドウの席へ行こうとすると
「えま、待って!」その後ろをシャドウも追った。
「何あの双子、工藤さんみたいに餌食になりたいのかしら。特に、えまって子むかつく。」
「私も、関わらないようにしようかな、ねー」そう一部のクラスの女子たちは三人を笑いものにした。
「ちょっと待ってよ!」
えまは必死に工藤ゆきを追いかけて、五階にある誰も使っていない女子トイレまで来ていた。
「ちょっと話をしよう!」えまは工藤ゆきに投げかけた。
「あなた、何なの?ほっといてよ。」工藤ゆきは、ようやく口を開いた。
「嬉しい。やっと喋ってくれた!」えまは、満面の笑みで、工藤ゆきを見た。
「変な子、私と話せてそんなに嬉しい?」
「うん、凄くうれしい!」
えまは、自信満々に言った。
「あなたもどうせおちょくりに来たのでしょう?」工藤ゆきがボソと嘆いた。
「そんなこと絶対にないよ。」
「嘘だ」工藤ゆきは、うつむいたままだ。
「嘘じゃないよ、むしろ私は、あな・・」えまが言いかけた瞬間、
「私は、人間を絶対に信じない!」そう言い、工藤ゆきは走ってトイレから姿を消してしまった。その様子をシャドウは柱の奥から見ていた。えまは、それに気づくと
「なかなか心、開いてくれないね。」苦笑いでそう言った。
「しょうがないよ、初日だし。これから頑張ろう。」
「そうだね」
えまは気を取り直してシャドウと教室へ向かっていった。
キーンコーンカーンコーン。終礼のチャイムが鳴った。えまとシャドウは帰りの支度をして一緒に帰路を共にした。
「あー今日は疲れたなあ。」
シャドウは、そうつぶやいた。
「ほとんど私が工藤ゆきを見ていたけどね。」そうだねとシャドウは笑った。
「しかも、シャドウ、モテモテだったじゃない!まえから思ってたんだけど、その顔、自分で作ったの?」
「えっと、それは・・」
シャドウは少し焦ったような顔をした。
「だとしたら、僕モテたいんです主張がすごいんですけど。」
えまはそんなシャドウを見てひいた。
「まあ、そんなことはさておき、帰ったらお隣さんに挨拶に行かなくちゃ。」
シャドウはポンと手を叩いた。
「あ、そうだった。ご挨拶用のお菓子買いに行かなくちゃ。七版通りにケーキ屋さんが確かあったね。そこで買って帰ろうか。」
えまは、スマホでマップを出しながらそう言った。「そうしよう。」シャドウも賛成し、二人はケーキを工藤ゆきとそのお母さん、自分たちのもついでに買ってアパートへと帰っていった。