複雑な任務
次の日。えまは、いつもより学校に早く来て、屋上へと向かっていった。
「シャドウ、いる?」えまはいつも通りの顔を装って言った。
「やあ、おはよう。早いね。もしかして昨日のこと気にしてた?」
シャドウは、いつも通りの軽い口調で、えまをおちょくってきた。
「まあ、そんな感じかな。」えまは、そう言って「昨日は変なこと聞いちゃってごめんなさい。」と勢いよく謝った。
「そんなこと、気にしないでいいのに。」
シャドウはいつも通り元気にふるまっている。
「あのさ、シャドウは、成仏したいと思う?」
「成仏?」
「そう、もし天国へ行けるとしたら、シャドウは成仏したい?」シャドウは少し考えると
「・・親父から聞いたんだね。」
そう言い少しうつむいた。「うん」えまは、こくりとうなずいた。
「えまはさ、俺のこと成仏してほしいと思っている?
」えまはスカートの裾をぎゅっとつかんで、
「シャドウといると楽しいよ。もっとこんな日々が続けばいいなって。でも、シャドウにとって成仏して天国に行くことが一番ベストな方法だと私は思うの。」
えまは昨日ずっと考えた。シャドウにはいなくなって欲しくない、えまはその気持ちで最初は頭がいっぱいだった。
でも、それはシャドウにとって良いことなのだろうか。きっと成仏したほうがシャドウにとってベストなんじゃないのかと最後の最後で思った。だから、えまはシャドウの目をしっかりと見た。
「そっか。」シャドウは少し悲しそうな顔をした。
「だからさ、」えまが言おうとすると
「さあ、この話は終わり、仕事だよ」
シャドウはえまの言葉をさえぎって明るく言葉をときはなった。えまは、もやもやする気持ちを振り放って
「次はどんな仕事?」と聞いた。
「今回はね、結構難しい仕事なんだ。年齢は十七歳。名前は、工藤ゆき。あと一週間後に自殺で死ぬよ。」
シャドウはいつもの本を取り出して読んだ。
「自殺?」
えまは、自殺という言葉に過剰に反応してしまった。
「え?なんか疑問でも?」シャドウは、そんなえまの反応を気にした。
「ううん、何でもない」えまは、焦って首を横に振った。
「ねえ、でもこれって、事前に止められることじゃない?私のときみたいに、友達関係に悩んでいるんだったら、一緒に友達作りしてあげるとか。」
「俺のところに来ている仕事は、その人の未来を助けてあげることではなくて、今をどう生きるかなんだ。この本に書かれていることは、絶対に変えちゃいけない。だから、今回もまた仕事頼むよ。」
「でも私、まだ今週始まったばかりだし、学校にいって授業受けなきゃいけないんだけど。」
えまは、学校の事を気にした。
「大丈夫、いいもの用意したんだ」
「いいもの?」えまは、首を傾げた。すると、シャドウは、手から黒い物体をだし、シャドウが、両手で操ると、その黒い物体はだんだん人型になっていった。
「はい、これで、えまの完成!」そこには、えまとうり二つのシャドウの姿と一緒の影が立っていた。
「なにこれ。シャドウが二人になっただけじゃない。」
えまがそう言うと「さあ、これで仕上げっと」シャドウは、手を天に仰ぐと、黒い影だったのが、えまとそっくりの人が出来上がった。
「ええ!そっくりすぎる。でも喋れるの?」
「もちろん。さあ、えま、しゃべってみて。」
「はい、シャドウ様、こんにちは、私は本郷えま、よろしくね。」えまの影はそう言ってお辞儀をした。
「これで一週間学校に行けなくても大丈夫でしょ」
「うん。」
えまは、自分の影をまじまじと見て納得した。
「よし、今夜、俺が工藤ゆきの所に行ってくるから明日から、よろしくね。」「うん、分かった。」えまは、シャドウのことも気になるが、切り替えて仕事に向き合おうと決めた。
工藤ゆきが自殺で死ぬ七日前。
シャドウは、工藤ゆきがいる家にたどりつき、工藤ゆきに話しかけるタイミングを見計らっていた。
うっうっ、ふるびたアパートの一室から小さな泣き声が鳴り響いていた。
「これは、話しかけづらいな。」
シャドウは、困ったような表情を浮かべた。
工藤ゆきの家庭は母子家庭で、母親は夜遅くまで働いていて、工藤ゆきは一人で過ごす時間が多かった。
しばらく待っても工藤ゆきは泣き止まない。これ以上待っていると夜が明ける。
「しょうがないな。」
シャドウは工藤ゆきに話しかける決心をした。
「あの、大丈夫?」
シャドウは恐る恐る工藤ゆきの目の前に現れた。
「え?だれ?」
工藤ゆきは泣くのをやめてシャドウの方を向いた。
「あなたは誰なの?」工藤ゆきは、淡々とした口調で聞いた。「俺はシャドウ、よろしくね。」工藤ゆきは無言だ。
「実はね、君はあと今日含めて一週間で死ぬんだ。」
「死ぬ・・。私、ようやく死ねるのね。」工藤ゆきは、驚きもせず冷静な口調で話す。
「俺は、君が後生きられる七日間、君が残りの人生を全うできるようにサポートする霊なんだ。何か最後にやり残したこととかない?」
シャドウは優しい口調でそう聞いた。
「早く死にたい・・」
工藤ゆきは、かすれそうな声で言った。
「困るな、死ぬ以外に何かない?」
「・・・」
工藤ゆきは、黙り込んでしまった。「困ったな。」シャドウは困り果てた様子でいたが、その後、工藤ゆきが口を開くことはなかった。
「・・ということなんだよ。」
翌日、えまに昨夜のことをシャドウは一通り話した。
「そうだったんだ。それは大変だったね。」
えまは、シャドウをなだめた。
「こうなったら、まずは工藤ゆきについて知らなきゃいけない。色々調べたからえまに共有しておくね。」
「うん。」えまは、耳を傾けた。
「工藤ゆきは母親と二人暮らし。母親が工藤ゆきを女手一つで育て上げたみたい。学校は行っているみたいだけれど、彼女はクラスメイトからいじめを受けていて、勿論友達もいないみたい。それが、原因で死にたいなんて思っているのが目に見えるけど。推測じゃダメだしね。」
シャドウは頭を抱えた。「私、少しその子の気持ち、わかるかも。」えまは、神妙な顔をした。
「でさ俺、考えたんだけど今、工藤ゆきが住んでいるアパートの隣の部屋が空いているんだよ。俺たちはそこに引っ越してきたっていうていで工藤ゆきに接触出来ないかなって考えているんだ。」
「それが一番近づきやすいかもね。借りちゃおう。」
「オッケイ。じゃあ俺がそこは上手くやっておくから。まずは今から設定を考えよう」
シャドウは張り切って手を上げた。
「私とシャドウはなるべく二人で動いた方がよさそうよね。そうなると・・。」
えまは腕組んで考えた。「うーん。俺とえまは恋人ってことにする?」
「え?それは無理よ。アパートに一緒に住んでたら凄い勘違いされちゃうでしょ。」
えまがそう言うと
「冗談冗談。」シャドウはニコッと笑ってみせた。
「じゃあ隣に引っ越してきた双子って設定は?」
「それが一番しっくりくるわ。」えまは賛成した。
「えまと俺は、工藤ゆきが通っている学校の転校生としてクラスに入る。」
「うん、それでそれで?」えまはコクコクうなずきながらシャドウの話を聞く。
「まずは、初日は、周りの生徒から情報を集めてみようか。」
「分かった。」えまは、自分にも力になれることがあるかもしれないと心の中で思った。
「これ、工藤ゆきの通っている島田高校の制服。さあ、早く着替えて、学校に行かなくちゃ。初日に遅刻したら、変な奴みたいに思われちゃうからね。」シャドウは冗談交じりに言った。