友達が欲しいの!
「五時になりました。まだ家に帰ってないお子さんは、早くおうちに帰りましょう。」
夕方を知らせる地域の放送が学校中に鳴り響いた。セミが早く家に帰れとミンミンと大合唱している少し涼しくなった夏の日。長い髪を二つ結びして、前髪は少し長めの少女は一人で学校の屋上へ来ていた。
「はあ・・」
その少女は大きなため息をつきながら、景色をぼんやりとみていた。その何ともパッとしない少女は永村高校の高校一年生の本郷えま。二学期を迎えた今でも、友達が一人もできていない。そんな自分にえまは嫌気がさしていた。屋上から見える校庭にはサッカー部の生徒たちがボールをけり合っていて時々、女子たちの歓声がする。
「私に友達何て。」
えまはうつむいてしばらくそのままになった。これ以上、青春をいかにも謳歌している生徒たちを見ると心がぽかんと開いたように寂しくなる。
「もう帰ろうかな。」
えまは、横に置いてあったカバンを拾い上げて、歩きだそうとした。人気のない屋上を後にしようとした時、その瞬間、後ろに気配を感じた。
「え?」
とっさに振り向くと後ろには自分の影だけがぽつんとあった。
「気のせいよね。」
えまは、また歩き出そうとすると、次は、えまの肩をポンポンと誰かが叩いたように感じた。えまは嫌な気がした。おそるそる振り向くと
「やあ。」
後ろには黒い人型の影が立っていた。「キャー」えまは悲鳴を上げた。
「びっくりした?」
黒い影がからかうように言う。
「お、おばけ!」
えまは、腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。
「おばけ?まあそうだけど。正しくは幽霊の一種かな。」
黒い影はあごに手を当てて考えるしぐさをした。
「幽霊もおばけも一緒よ!」
えまは、手をぶんぶんと追い払うように振った。そして、
「私、もしかしてもう死ぬの?え?やだ、まだ青春一ミリもしてないのに!あー」
全身を使って、頭を抱えたり、足をばたつかせたりして完全にパニックになっていた。
「もしもーし、大丈夫?」
黒い影が驚きながらも心配して、えまに駆け寄ると、
「来ないで!」
えまはその場から逃げようとして立ち上がろうとした。ゴン!とその勢いで手すりに頭をぶつけた。
「痛い・・」
頭をぶつけたと同時にえまは体をフリーズさせた。そして一点に黒い影を見つめた。
「少しは、落ち着いた?」
黒い影はしゃがんで、えまを見た。
「幽霊なのに真っ黒なの?」
そうえまは、頭をさすりながら呟いた。
「そうだけど何か問題でも?あっ自己紹介が遅れたね。俺は、シャドウ。君は?」
「私は、本郷えま」
少し戸惑った様子のえまは、口を開いた。
「えま、よろしくね。俺さ、今さっき神様から、この永村学校に配属されてきたからよくこの学校のこと分からないんだよね。もしかして君、ここの生徒?」シャドウはえまに顔を近づけた。「え?そうだけど・・。」
「じゃあ、話が速い!君、俺の助手になってよ!」
「え?助手?」
えまは驚き、大きな声を上げ、自分の口を手で押さえた。
「もし、引き受けてくれたら願いを一つ叶えてあげよう。」
シャドウは自信ありげに腰に腕を当てた。
「え?本当?」
「俺は嘘つかないよ、俺は死期が近い人間に最期をまっとうできるようにサポートする霊なんだ。君はその助手として動いてもらうよ。」
えまは、少し考える素振りをした。えまは真っ先に“もしかしたら、友達が出来るようになるかも。”と考えた。このシャドウっていう黒い影は、見た目からして人間じゃない。だとしたら本当に願いを叶えてくれるかもしれないと思った。
「分かった。やる!」
えまはシャドウの手をとり、さっきとは全く真逆な態度をとった。シャドウは、
「ふふ。君って、ちょっと面白いね。」と小声で言った。「え?」えまは、首を傾げた。
「ううん、なんでもない。じゃあ、願いを教えてもらおう。」シャドウは、紙とペンを出した。
「私の願いは・・友達が欲しい。」「友達が欲しいっと。」シャドウはすらすらとペンを進ませた。「本郷えま、君の願いと引き換えに、僕の助手になってもらうよ。今日は遅いから、また明日、屋上に来てね。」そういって「バイバイ」と言いながらシャドウは手を振った。
「大丈夫かしら・・。」
えまは、少し不安を抱えながらも屋上を後にした。
次の日の朝。「はあ、はあ。」えまは走って、学校へ来た。一気に屋上への階段をのぼりながら“これでぼっち生活も終わりね“と心の中で期待して少しウキウキしていた。そんな四階にある屋上へ駆けあがって行った。
「シャドウ、いる?」
えまは、周りを見渡した。「来たよ。」後ろを振り返るとシャドウがいた。
「昨日のお願い、叶えてよ。」シャドウは大きくうなずき、えまに「じゃあまずは、偵察しようか。」そう言いえまがシャドウにクラスを案内することになった。えまの教室の入口まで行くと、みんないつメンと楽しそうに会話していた。「なるほどね。」シャドウは苦笑いした。「もうグループができてて・・。話しかけずらいんだ。」えまはどこか悲しそうな表情を浮かべた。「そっか。」シャドウは考えたあと「じゃあ、まずは、挨拶からしてみようか。」とえまの肩を持った。「挨拶?」えまは、ちょっとびっくりした。ここで、魔法の道具みたいのを出してくれると信じていたえまは違和感を覚えた。「ほら、いったいった!」シャドウはえまを笑顔で送り出した。「挨拶って・・。」えまは、不安でいっぱいだった。でも、なにかシャドウにも考えがあるんだと思い、足をゆっくり進めて
「お、おはよう」
勇気を振り絞って言ってみた。クラス中が一瞬、静かになった感じがした。「え?おはよう・・。」クラスメイトのゆずきが戸惑いながら挨拶を返した。えまは顔を真っ赤にした。「本郷さん、今挨拶してきた?」一緒におしゃべりしていたリコがゆずきに尋ねた。「そうみたい。何かあったのかしら?」周りにいたクラスメイトは不思議な顔をした。「やっぱり、こうなった。」えまは自席についた後、恥ずかしさでいっぱいになりさらに顔を赤らめた。そして、シャドウを心の中で恨んだ。
一時間目の休み時間、えまは屋上へ行き、シャドウを呼び出した。「はーい。」シャドウはのんきに本を読んでいた。「なに?」シャドウは何もなかったように平然としていた。「何?じゃない!挨拶したら変な空気になっちゃったじゃない。」えまは怒っている。
「最初はそうだよ。これからコツコツとやっていけばきっと実って・・」
シャドウは緊張感なさげにベンチに寝ころびながら言った。
「真剣に聞いて!あなた幽霊でしょ?何か簡単に友達ができる魔法とか持っていないの?」
シャドウは起き上がって「持ってないよ。俺、友達いたこともないし。」と言った。
「へ?じゃあ、さっきのは出鱈目だったの?」
シャドウはえまに近づきじっとえまの目を見て「ごめん!」と土下座した。「分かったわ。じゃあ、私があなたの助手になるって話は無かったことにして。」えまは、プイっと後ろを向いて屋上から立ち去ろうとした。シャドウは慌てて、えまの腕を引っ張った。「それは困るよ。お願い、友達作り手伝うからさ!」「・・本当に?」えまは、目を細めながら言った。「うん、手伝う、手伝う!」「次はないわよ。」「分かってるって。」シャドウは笑みを浮かべ、えまの肩をトントンと叩いた。
「ところでさ。えまはさ、部活とか入ってるの?」
「部活?入ってないよ。でも入ってみたいのはあるけど。」
「なになに?」シャドウはえまの顔をまじまじと見た。
「放送部。」
「放送部?じゃあ入ったら友達、できるんじゃない?」
「そんな簡単にできないよ。」えまは目をそらした。
「俺が偵察してきてあげるよ!だから任せて!」シャドウは満面の笑みで言った。
「次は本当に大丈夫?」えまは、疑いの念をもって尋ねた。そんなやり取りをしているとキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。「やばい、またあとでね」えまは、走りながらシャドウに告げ、シャドウは元気よく手を振った。「よし、最初の仕事をしますか。」シャドウはそういった。