退学勧告
「ストーカーでも始めた?」
菫子はぬえを睨みつける。ぬえは肩をすくめ、菫子を睨み返す。睨み合う二人。
「とりあえず、どいてくれない?」
「嫌って言ったら?」
無言で薄紫のオーラを発する菫子。それに対してぬえはトライデントを構える。
「何? 私とやり合おうっての?」
一触即発の空気が流れる。固唾を飲んで見守るギャラリー。そんな空気に耐えかねた麟が声を上げる。
「二人とも落ち着いてください!」
ぬえと菫子の間に割って入る麟。だが、ぬえは割って入った麟を容赦なく突き飛ばす。
「魔導も使えないやつが私の邪魔をしないでくれる?」
倒れた麟に向かってそう冷淡に吐き捨てるぬえ。次の瞬間、視界からぬえの姿が掻き消える。それと同時に異様な音が辺りに響く。立ち上がった麟は音の聞こえた方を見る。壁に激突し、動かないぬえ。麟はすぐさま菫子の方へ振り向く。
時が止まる。
麟は小さく悲鳴を漏らす。
炎のように揺らめく薄紫のオーラ。取り巻きたちはおろか、居合わせた一般の生徒までもが凍りつく。この場に居る全員が菫子の放つ殺気に気圧されていた。
恐る恐る菫子の顔を見る麟。そこに表情は無い。能面のようだ。まるで、底の見えない穴を覗き込んでしまったような感覚を覚える。
菫子は山高帽で分かりにくいが、容姿も整っている。同室の麟はそれを知っていた。そんな菫子が一切の表情を見せずに、ただ、目の前にいる相手をじっと見つめている。人形のようだ。
次の瞬間、麟は気づく。これは無表情ではない。堪えきれない怒りの表情だ。
深すぎる怒りに、表情が追いついていないのだ。
全てを悟る麟。遠くから誰かの声が聞こえる。
ぐらり、と体が傾く。力が入らない。
意識が遠のく。
気がつくと部屋のベッドで寝ていた。
──部屋に菫子の姿は無かった。
* * *
「改めまして、私は八雲紫。ここ、私立東火魔導学園の学園長を務めていますわ」
夕暮れ時、朱に染まる学園長室に菫子は居た。
「結論から申しますと退学処分となります」
全く感情の読み取れない不思議な声で紫はそう告げる。完全に不貞腐れた菫子。
「とはいうものの、封獣ぬえ。彼女の態度は目に余るものがありました」
淡々と続ける紫。
「つまり、あなたには情状酌量の余地が存在します」
静かにソファへと座る紫。顔を動かさず、目だけで正面に座った紫を見る菫子。
「ランクマッチで勝てば退学を取り消しましょう。もちろん、強制ではありませんが」
きわめて簡潔に要点を伝える紫。菫子は目を閉じ、大きく息を吐く。
「分かったわ、勝てばいいのね?」
「ええ。当然、敗北すれば退学していただきます」
「上等よ、やってやるわ」
「明後日の金曜日、放課後に行います。立会人は私が請け負いましょう」
学園長室を後にする菫子。既に日は落ち、外は墨汁を垂らしたような漆黒だった。
扉がノックされる。鍵をかけていたことを思い出した麟は鍵を開ける。扉を開けると菫子が入って来た。
「菫子さん……」
「大丈夫よ」
布団に潜り込む菫子。
「信じていますからね、菫子さん」
そう呟いて麟は電気を消す。暗闇に包まれる部屋。
ほどなくして眠りにつく麟。ポツポツと雨が降り始める。
雨はやがてバケツをひっくり返したような勢いへと変わる。
──強さを増す雨音と共に夜が深まる。