二日目
──夜が明ける。
麟は目覚ましより少し早く目を覚まし、手際よく朝の支度を済ませていく。麟がそうしていると菫子がベッドから這い出てきた。麟の挨拶に菫子は少し遅れて挨拶を返す。そのままゾンビのような姿勢で洗面所へと歩いて行った。
「眠い」
「昨日は色々ありましたからね」
「そもそも私は朝に弱いのよ、まったく……」
「ほら、もうすぐ食堂に着きますから。しっかりしてください」
ブツブツと文句を言いながら歩く菫子を先導する麟。二人は食堂へと向かう。食堂に到着した二人は入り口から空いている席を探すが、空席が見当たらない。代わりに菫子は不自然に荷物が置かれていることに気づく。麟はいつもと食堂の雰囲気が違いますね、と菫子に横から耳打ちする。改めて食堂を見渡す菫子は気づく。
「荷物ね」
「荷物? 荷物がどうかしたんですか?」
「どうもこうもないわ、わざと空席を無くされてる」
ふと後ろに気配を感じる。振り向くとぬえが居た。周りには取り巻きらしき生徒たち。
「……説明して欲しいんだけど?」
「何を?」
「もう、いい」
購買へ向かう二人。後ろからぬえたちが席に着く音がした。
「明らかに嫌がらせよね、あれ」
「そう、ですね……」
購買で朝食を入手した二人は食堂での出来事について話しながらパンを食べていた。パンを食べ終えると荷物を取りに部屋へと戻る二人。もっとも、菫子は荷物らしい荷物を持っていないのだが。
荷物を回収した二人は他の生徒より一足早く教室へと向かう。高等部一年の教室と高等部二年の教室は階が違うため、廊下で別れる麟と菫子。教室に着いた菫子は机の中に入っていたチラシを読んで時間を潰す。チラシによればバッグや部屋着は今日のホームルームで配られるらしい。
そうこうしていると徐々に教室が騒がしくなっていく。椅子にもたれながら入ってくる生徒を眺めていた菫子。ふと、見覚えのある衣装の生徒が入って来た。よく見るとそれはぬえだった。思わず身体を起こす菫子。
「マジかぁ……」
菫子は予想外の人物の登場に動揺する。一方、ぬえは菫子に気づくとニヤニヤと笑いながらぬえが近づいてきた。菫子は体をぬえの方に向け、臨戦態勢に入る。
──下駄の音が近づいてくる。
カランコロンという下駄特有の足音。音は教室の前で止まった。菫子やぬえを含めた生徒全員が入口を注視する。教室の扉がガラガラと音を立てて開く。入ってきたのは本格的な和装を着こなし、市松模様のマフラーを首に巻いた女性だった。
「ふむ、全員揃っておるな?」
そう言って女性は教壇の上からぐるりと教室全体を見渡す。ここで菫子は女性が眼鏡をかけていることに気がつく。少ししゃがれた声。老人めいた口調と合わさって紫に負けない存在感だった。
「儂は二ツ岩マミゾウ、このクラスのホームルームを担当するぞい」
マミゾウは端的にそう告げると即座にホームルームを始めた。肩透かしを食らったような気分になる菫子とぬえ。クラス全体の混乱した空気をよそにマミゾウはホームルームを進める。
──二限の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
ぬえたちに絡まれないようにさっさと教室を出た菫子は廊下で麟が来るのを待つ。
「お待たせしました」
少し待つと麟が小走りで駆け寄ってきた。
「この時間って食堂は混んでるの?」
「そうですね、混んでいることが多いかと」
「それなら学園内を散策して時間潰さない?」
「構いませんよ、どこから散策しますか?」
麟に菫子がついて行く形で学園内の散策を開始した二人。雑談を装って麟に気になっていることを尋ねる菫子。適度に時間を潰した二人は食堂へ向かう。ピークを避けたため、ぬえや取り巻きたちと出くわすことはなかった。
午後の授業がある麟は菫子と別れて教室へ向かう。一人になった菫子は人混みを避けながら寮へと戻る。マントや手袋などを洗濯に出し、部屋着に着替える菫子。ベランダで洗い終えた服を干していると授業を終えた麟が帰宅した。
「戻りました」
「お帰りー、どうも一年生とそれ以外じゃ時間割が違うみたいね」
「そのようですね」
「一年生は学園生活に慣れることが先決とかなんとか担任が言ってたわ」
「マミゾウ先生ですね。他に何かおっしゃっていましたか?」
「何も、プリントの配布と説明で終わりよ」
つまんなかったわ、と愚痴る菫子。相槌を打ちながら部屋着に着替える麟。ふと部屋の掛け時計を見た菫子は夕食の時間になっていることに気づく。時計を見ながら食堂に行くかどうか悩む菫子。
「私は購買でも構いませんよ」
「そう?」
「ええ、菫子さんのお好きな方で構いません」
「じゃ、購買にしますかね」
──瞬間移動。
文字通り、一瞬で購買まで移動した菫子は二人分の夕飯を購入する。部屋へ戻り、二人は夕食をとる。食事を終えた菫子はベッドに寝転がり、昼間に配布されたパンフレットを流し読みする。ぱらぱらとページをめくる菫子。ふと、あるページで手が止まる。
「サークルねぇ」
転移前の世界で菫子はとあるオカルトサークルに所属しており、会長を務めていた。もっとも、部員は宇佐見菫子ただ一人だったが。友人を不必要と考えている菫子にとって人間関係は悩みの種だった。菫子が優秀というだけで擦り寄ってくる有象無象。それらを遠ざけるために菫子はオカルトサークルを立ち上げた。
──非公認のオカルトサークル。
目論見通り、友達になろうと言う人物は現われなくなった。そして菫子は自らをひみつをあばくものと称し、オカルトを追い求めた。
「また、立ち上げようかしら」
サークルに関するページを開いたまま、菫子はそう呟く。サークル設立に必要な条件は二つ。
一つ、二名以上の部員。
二つ、顧問となる教職員一名。
条件自体はかなり緩いと言える。そして、この世界で一生を終えるつもりがない菫子にとってオカルトは都合の良い存在だった。そもそも異世界転移なぞ頭のイカれた人物の妄言に等しい。だが、元の世界へ戻る必要がある以上は調査が必要だ。その点でオカルトは非常に都合が良い。オカルトサークルの部員なら非常識なことを訊こうが怪しまれないからだ。つまり、目立つことなく帰還方法を調べることが出来る。
「良さそうね」
思い立ったが吉日。部員と顧問を集めなければならない。どうしたものかと菫子は頭を悩ませる。清々しいほどに心当たりがない。
「寝よ」
菫子はふて寝した。ほどなくして麟は本を閉じて電気を消す。部屋が暗闇に包まれる。同じように寮全体が闇に沈む。
時刻は十時過ぎ、月光が部屋を優しく照らす。
──夜が深まる。
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