銀時計の従者
図書館を抜け、最上階へと至る階段へ到着した霊夢、菫子、紫苑、女苑の四人。先頭を進んでいた菫子は階段の前に陣取る人影に気づく。青と白を基調とした典型的なメイド服に加え、銀髪をボブカットにした女性。菫子はその人物に見覚えがあった。
「十六夜咲夜」
菫子は呻くように言葉を絞り出す。霊夢は既に御幣を構え、女苑も拳を構えている。それを見た咲夜は菫子たちから視線を切ることなく、ナイフを構える。
「増援の心配は無い。とはいえ、時間は有限よ。ここは私たちが」
女苑が一歩前に出る。次いで紫苑が一歩踏み出す。それを見た霊夢は構えていた御幣を下ろす。そして、油断なく咲夜を見つめたまま、菫子に耳打ちする。
「タイミング見て一気に抜けるわよ」
菫子は僅かに首を上下させる。当然、咲夜も警戒を強める。空気が張り詰める。特有の緊張感が周囲を支配する。
風切り音。
「今ッ!」
菫子と霊夢が示し合わせたようにスタートを切る。風切り音に注意を向けていた咲夜の反応は少し遅い。淀みない動きでナイフを投擲するが、二人の姿は既に階段の上へと消えていた。
「ほらほらッ! 惚けてる暇はないわよ!」
女苑のパンチを咲夜はひらりひらりと躱す。が、一向に間合いが離れない。ナイフを投げて牽制を試みるが、逆に間合いを詰めながら弾かれる。
「ふッ!」
女苑の拳が柱を砕く。砕かれたコンクリートの破片がパラパラと床に落ちる。
「掃除の手間が増えたじゃない?」
咲夜は霊夢たちの追撃を断念。女苑に集中する。咲夜の意識がこちらに意識が向いたことに気づいた女苑はにやりと笑う。
「やっと、こっちを見たわね」
咲夜は無言で女苑へ突進する。女苑は横へ跳び、側面からカウンターを仕掛けようとする。だが、跳ぼうとした瞬間、身体の重さが増す。
「どっせいッ!」
床を踏み砕き、無理やり回避する女苑。
「10万も使っちゃったわ。お姉ちゃんッ!」
「今、やってる」
むすっとした表情で不満げな返答をする紫苑。咲夜は即座にナイフを投げ放とうとするが、取り落としてしまう。その隙を女苑は見逃さない。距離を詰めて殴り飛ばそうとする。だが、先ほどとは逆に身体が異様に軽い。力加減を間違えた女苑は前につんのめる。
「重力ね。これ」
女苑は二度にわたる異変から咲夜の魔導にあたりをつける。
「1000万」
女苑は自身にかけられた超重力をものともせず、まばたきの間に咲夜との距離を詰め、拳を振りかぶる。
「くっ!」
咲夜は最大まで重力を強める。瞬間、時が止まる。
──時間停止。それこそが【忠誠】の奥義。
「私だけの時間、誰にも邪魔されない私だけの時間」
時間停止は長く持つものではない。咲夜はナイフを抜く。白刃が女苑の首筋に突き立てられる。その瞬間、咲夜はナイフと共に大きく吹き飛ぶ。そのまま、壁に叩きつけられる咲夜。
「まさか、時間停止してくるなんてね。姉さんの【債務】が運気を吸い取ってなきゃ危なかったわ」
「とはいえ、5000万も使うなんて。もっと安く済んだんじゃないの?」
「私の【絢爛】は財産を消費して身体能力を強化する魔導なのよ? 金をケチって死んじゃ元も子もないわ」
そんなやり取りを聞いたのを最後に咲夜の意識は暗転した。




