顧問弁護士
「依神金融の顧問弁護士、鬼人正邪ね」
本から声が聞こえる。正確には本に埋もれた女性からだ。
「テメェら、先に行け。コイツは私がやる」
正邪は人払いを済ませると声の主を覆い尽くす本を浮遊させる。現れたのは紫の髪を腰まで伸ばした女性。
「スカーレット財閥 CIO。パチュリー・ノーレッジ」
「さて、弁護士らしく問答をお望みかしら?」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らす正邪をジトっとした視線で睨むパチュリー。共に武器は構えない。それすなわち、魔導を利用した戦闘を意味する。パチュリーは少し離れた位置にいる正邪へ手をかざす。
「【太陽】」
放たれた灼熱の光弾が正邪へ殺到する。だが、正邪に触れた瞬間、それらは全て氷塊となって落下する。
「シケてんなぁ? デスクワークのし過ぎなんじゃねえのか?」
「そう? 【大地】」
正邪の足元が隆起した瞬間、逆に陥没する。そして、僅かな地鳴りが聞こえたと思った瞬間、今度はパチュリーの足元が粘土のように柔らかくなる。
「ここ、建物内なんだけど?」
「コンクリ製なんだろ?」
パチュリーはぬかるみに足首まで沈みながらもドリル状に捻り出したコンクリートで正邪を貫こうとする。見えない手で引っ張れたかのように突出したコンクリートは生き物のように正邪を付け狙う。だが、触れた端から瓦解していく。
「あなたの魔導、不思議ね。まるで統一感が無い」
「お前じゃ私の【逆転】は破れねぇよ」
既にパチュリーはコンクリートのぬかるみが脱し、新たに岩の触手を生み出していた。だが、正邪はポケットに手を突っ込んだまま、動こうとしない。
「【逆転】、反転系の魔導かしら?」
「さぁな」
「あら、一周回って怪しいわよ?」
その瞬間、とんっと軽く何かが触れる感覚を覚えると同時に視界がぐにゃりと歪む。膝をつくパチュリーをポケットに手を入れたまま、見下すように見下ろす正邪。
「上下感覚が逆転すりゃあさしものパチュリー様でも苦しそうだなぁ?」
「やっぱり、触れたものを逆転させるタイプの魔導じゃない......」
「まあ、何もブチ殺そうっつう訳じゃねえからな。大人しくしてな」
正邪が励ますようにパチュリーの肩を叩く。次の瞬間、パチュリーの意識は反転した。意識を失い、昏倒したのを確認すると正邪はポケットから手を出す。その手のひらは火傷と出血でボロボロだった。
「触れなきゃならねえのが難儀だぜ」
正邪は本を足で払いのけ、あぐらを組んでドカっと座る。そして、大きく息を吐き出した。




