一日目
「誰?」
「私はぬえ、よろしくね」
「……宇佐見菫子よ」
ぬえと名乗ったショートボブが似合うその女生徒はフランや優曇華と同じ深紅の瞳だった。声をかけてきた理由を丁寧な口調で尋ねる麟。
「いやァ? 別にぃ?」
それに対してぬえはもったいぶった返しをする。
「話しかけてきて何もないとは思えないのだけど?」
皮肉っぽく返す菫子。
「私はぬえ、よろしくね」
「さっき聞いた」
「一年生よね?」
「さっき自分で新入生って言ってたわよね?」
「そんなにピリピリしないでよ」
「聞きたいことがあるならさっさと聞いて」
気まずい沈黙が三人の間に流れる。菫子は内心で厄介事だと確信していた。わざわざ声をかけてきたのにも関わらず、はぐらかす態度。
加えて他人を小馬鹿にするような返答。初対面にも関わらず、菫子の中でぬえの評価は最低だった。
「聞きたいことがあるんでしょ?」
苛立ちを隠せずに急かす菫子。ニヤニヤと笑うぬえ。そんな二人に挟まれて居心地悪そうにする麟。しばらくしてぬえが口を開く。
「確かに立ち話もなんだもんねえ、向こうのカフェテリアで座ってゆっくり話する? まあ、いいや。なんの話だっけ。ああ、質問か。いやね、大したことじゃないんだよ。いや、ほんとに。ただ、私が聞きたいのはどんな魔導持ってるのかなって。いや、ほら、あれでしょ。新入生ってことは一年生でしょ。ということは学園長の言ってた通り、魔導適性検査を受けてるわけじゃん? まあ、それは置いといて。結局、どんな魔導だったの? そういえばごく稀に魔導を持ってない無能力者的なやつがいるらしいよ。私、魔導持ってないやつは嫌いだなあ。そういえば毎年さ。人間以外の異種族が入学してくるらしいよ。あくまで噂だけどね。けど、ほら、火のないところに煙は立たないっていうじゃん。噂になるってことは実際に例があると思うの。異種族が居た例がさ。まあ、私は見たことないんだけど。見てみたいよね、人間以外の種族。社会に出たらいるのかな。菫子はどう思う? そういや、うさみすみれこってどんな字を書くの? 私の名前はひらがななんだけど流石に漢字でしょ? ねえ、どんな字書くのさ。教えてよ。そうそう、言い忘れてた。サークルとか倶楽部とかもう決めたりした? 毎年毎年希望のクラブとかサークルに入れずに残念がってる新入生多いからさ。伝えとこうと思って。あ、そうだ。言ってなかったよね。私、一年生だから仲良くしようね。まあ、留年してるんだけど。なんでだろうね、テストの成績は上から数えた方が早いのに。不思議なのよねえ。あれ、なんの話してたっけ。そうだそうだ、魔導の話だった。いやあ、私さ、結構話が逸れる方でさ。悪気はないから許してよ。ほら、時代は多様性だって神霊党の神子総理大臣もそんなこと言ってたじゃん? 興味ないし、頭悪いから良く分かんないけど。それでさ、どんな魔導持ってるの? 教えてよ、友達じゃん。あ、そうそう。言い忘れないうちに言っとくね。さっきも言った通り、私留年してるから友達多いんだよね。そこそこ大きいグループだから入りたかったらいつでも入れたげる。入る気になったら教えてよ。歓迎してあげるからさ。あ、また話が逸れてるじゃん。やっちゃったなぁ。まあ、いいや。なんの話だっけ。ああ、あれだ。えっと、あれだよ。分かる? 分かるわけないよねぇ、ごめんごめん。あ、今、思い出した。私が聞きたいのはあなたの魔導だった。いやぁ、ごめんね? 要領得ない会話で。いや、ほんとに。あ、やばい。また話逸れかけた。つまりアレだよ。私が聞きたいのはあなたの魔導についてでそれ訊くついでに色々話出来たらなあと思って。ただ、それだけ。それでね、なんで私がこんなに魔導を聞きたがってるかって言ったらさ。やっぱ情報が欲しいんだよ。一応、私もランカーだしさ。魔導の情報は大事だからこうして集めてるの。もちろん、雑談も兼ねてるけどね。というかさ、私って話長い? まあいいや。とりあえずどんな魔導か教えてよ」
「結局、何が言いたいわけ?」
眉間を抑えてそう尋ねる菫子。それに対してぬえは言った通りよ、と返す。
「初対面で悪いけど私、あんたのこと嫌いだわ」
有無を言わせぬ強い口調できっぱりとそう言った菫子は放心状態の麟に一声かけ、寮へ向かう。一人取り残されるぬえ。
寮に着いた菫子と麟はロビーで部屋番号をもう一度確認し、部屋へと移動する。扉を開け、マントと山高帽、白手袋を脱ぎ捨てる菫子。麟はすぐに部屋着へと着替え、着ていた服を洗濯に出した。菫子は部屋着に着替えた麟を見て今着ている服以外に着る服を持っていないことに気づく。
「まあ、いいか」
明日にでも何とかすればいいだろう、と考えて布団に潜り込む菫子。同じように就寝の準備に入る麟。明かりを消し、カーテンを閉じる。
他の部屋の電気も徐々に消えていき、寮全体が夜闇に溶ける。異世界転移、最初の一日が終わりを告げる。
──夜が深まる。