老練
羽衣を纏い、触覚のようなリボンのついた帽子を被った女性の名は永江衣玖。エネルギッシュで傲岸な天子とは異なり、たおやかで聡明な雰囲気の持ち主だ。
「あなた方の目的は?」
あうんの問いに衣玖は無言で微笑み返す。生き馬の目を抜き、魑魅魍魎が跋扈する政財界の人物はそう甘くないようだ。董子たちの目的は『graveyard』の壊滅だが、分からないことも多い。目的次第では争わずに済む可能性も存在する。
「おや、始まったようですね」
窓の外に見えるグラウンドで天子と董子が大立ち回りを演じ始めた。決着がつき、援軍が来れば残された方は二対一を強いられる。これ以上、問答を続ける余裕はない。決着を急ぐ必要がある。実力行使に出るあうん。
「……衣玖さん」
「仕方のないことです、流れには逆らえませんから」
教室の空気が張り詰める。あうんは先手必勝と言わんばかりに衣玖へととびかかる。だが、衣玖は最低限の動きであうんの攻撃を躱す。
「おや、魔導は使われないので?」
あうんは黙って前蹴りを繰り出す。ひらりと回避する衣玖。あうんは立て続けに蹴りを繰り出すが、衣玖はその全てを流麗な動きで回避する。
「魔導……」
具体的にどのような能力かはわからないが、先読みや未来視の類であることは間違いない。あうんはすぐに攻撃を止め、魔導の解明を優先する。
「あなた方は『聖杯』で何をするつもりですか?」
「今の政財界はスカーレット財閥の一強状態ですが、以前は比那名居財閥と合わせて二大財閥とされていました」
「では、財閥をもう一度立て直すことがあなた方の目的なのですか?」
「ええ、総領娘様の望みです」
総領娘は長女を指す言葉だ。ということは「衣玖本人の望み」というよりは「|天子の望み」なのだろう。確かに長女なら家の立て直しを願っても不自然ではない。
「……あなたの能力をもってしてもこの手段が正しいと?」
あうんの問いに衣玖は表情を曇らせる。つまり、未来視であればごく短時間のみ。予言の類ならより遠い未来ほど抽象的になるのだろう。でなければ「間違いない」と自信をもって断言するはずだ。あうんは能力の正体を少しずつ絞り込んでゆく。強力無比な魔導がなくとも培った経験でカバーする。
「私の【羽衣】で読む限り、これが最も正しい道なのです」
内容こそ自信にあふれているが、表情は変わらない。おそらく、完全に制御可能なモノではない。絶対的な確証を得られるわけでもないようだ。
「それならば、私たちがそれを止めます」
「総領娘様の悲願をここで止めさせるわけにはいきません」
衣玖は身に纏った羽衣を鞭のように使い、あうんを拘束しようとする。あうんは複雑にはためく羽衣の軌道を読み、カウンターを狙う。だが、それらはすべて紙一重で躱されてしまう。お互いにもう一押しというところで戦況が膠着する。
「なぜ、比那名居財閥は没落したんですか?」
「スカーレット財閥が裏社会とのコネクションを得たせいです」
打開策を得るべく、あうんは揺さぶりをかける。だが、衣玖は質問に答えつつも核心に迫る情報を漏らさない。相手の隙を作りだすため、舌戦を繰り広げるあうんと衣玖。
突如、大量の砂が窓ガラスを叩く。あうんたちは思わずグラウンドへ目を向ける。あうんの目に映ったのはもうもうと立ち込める砂煙。衣玖はいち早く戦況の変化に気づき、呟く。
「決着がついたようですね」




