星屑の襲撃者
──突如、塔全体が大きく揺れる。
地震だろうか。麟はぼんやりとそう思う。立つことすらままならない激しい揺れ。腹に響く轟音。徐々に上下の感覚が失われてゆく。視界がぐにゃりと曲がる。反射的に安定感を求め、床に這いつくばる。目を閉じ、耳を塞いで振動に耐える麟。
「あれ?」
不意に揺れを感じなくなる。おそるおそる目を開けると身体が数センチほど浮いていた。全身を包む菫色のオーラ。辺りを見渡すと徐々に揺れが収まり始めていた。音と揺れが収まり、大音量に慣れていた耳が元に戻るにつれて菫子の悪態が聞き取れるようになる。
「藪から棒にふざけんじゃないわよッ! 」
菫子の念力が解除される。どすんっと地面に着地する麟。着地した麟はよろよろと立ち上がり、服についた埃を払い落とす。大地震さながらの凄まじい揺れだったが、倒れている家具や割れている窓はひとつもない。三姉妹の方を見ると演奏こそ中断しているが、特に変わった様子は見られない。どうやら三姉妹が原因ではなさそうだと思う麟。
「噂は本当だったんだな」
初めて聞く快活な声。全員の視線が声の聞こえた方へと向けられる。
──視線の先に居たのは魔女だった。
白い大きなリボンのついたつばの広い三角帽子。白を基調としたエプロンと黒い服。肩に届く大きさの竹ぼうき。まるで絵本や童話の世界から飛び出してきたようだ。腰まで伸びた金色の髪には枝毛が一切なく、手入れが行き届いている。顔つきは童顔だが、男勝りな雰囲気に引っ張られて凛々しい印象を受ける。
自信を湛えた金の瞳は麟をまっすぐに射抜いていた。その視線を遮るように麟の前に立つ菫子。
「同業者、って訳ではなさそうだな?」
「誰だか知らないけどあんたと一緒にしないでほしいわね」
「私は霧雨魔理沙。そこの嬢ちゃんに用事があるんだが」
「私、ですか?」
全く心当たりがない。振り向いた菫子に対して麟は小首をかしげる。
「心当たりが無いみたいだけど?」
「私も依頼されただけだからな。細かいことはよく分からん」
「依頼?」
「もちろん、人攫いは専門じゃない。だが、請け負ってはいるからな」
聞けば聞くほどに不可解な話だ。菫子は会話をしながら全体像を掴もうと思考を巡らす。麟の居場所がバレていることはまだ納得できる。金を積んで誘拐を依頼するやつが真っ当なはずがない。そんなやつなら無警戒な学生の居場所なんぞ掴もうと思えば掴めるのだろう。だが、リスクを取ってまで麟を攫う理由がない。菫子ならまだ分かる。異世界の人間という情報がどこかから洩れたなら狙われる可能性はあるだろう。しかし、麟を攫うことにリスク以上のメリットがあるとは思えない。
「理解できないわね。なぜ麟を?」
「さぁな。それは私の知るところじゃない」
そう言って魔理沙は肩をすくめる。塔に入れるということは少なくとも瞬間移動かそれに近しいことをやれるのだろう。先ほどの揺れと轟音も恐らくは魔理沙の仕業だ。何かで屋根かドアでも吹き飛ばそうとして失敗したのだろう。この塔が物理的な破壊を受け付けないことは検証済みだ。魔理沙から視線を外すことなく、麟へ近づく菫子。
次の瞬間、菫子と魔理沙が入れ替わる。魔理沙は素早く麟を捕まえ、逃走を図る。菫子は周囲に目を走らせる。事態を理解しきれていない麟と共に脱出しようとする。だが、二人の姿が消えると同時に壁際から何かに弾かれたように二人が現れる。
「クソッ! 何が起きたんだッ!?」
菫子は念力で家具を魔理沙に向けて叩きつける。ギリギリで回避する魔理沙。
「もしかして」
確認せねばならない。菫子は麟をこちらへ瞬間移動させる。
「やっぱり」
咳き込みながら帽子で舞い上がる埃を払いのける魔理沙。魔理沙を警戒しながら菫子は麟に囁く。
「演奏を聞き届けて。アイツは私が何とかする」
任せたわよ。そう言って菫子は魔理沙ごと一階に瞬間移動する。魔理沙はすぐさま最上階へ転移しようとするが、最上階へ転移するや否や菫子に一階へと引き戻される。
「演奏を聞き届けなきゃ塔からは誰も出られないわ」
「それは演奏が終わった瞬間から外へ出られるってことだろ?」
「あんたが攫うよりも早く私があんたをここから叩き出してやるわ」
「……演奏が終わるより先にお前をぶっ飛ばせば解決するな」
「私も同じ条件よ」
菫子よりも先に麟を連れ去りたい魔理沙。魔理沙より先に麟と脱出したい菫子。お互いに相手より早く麟と合流することが目的達成のために必要な条件である。裏を返せば先に相手を再起不能にしてしまえば焦ることなく目的を達成できるということ。
──白黒の魔法使いと菫色の超能力者。
向かい合う二人の耳に演奏が届く。同時に動く二人。




