プリズムリバー三姉妹
──騒音塔。最上階。
血の気の無い石造りの部屋。アンティークというにはあまりにも保存状態の悪い家具たち。そんなボロボロで埃をかぶった家具たちと共に部屋の中を縦横無尽に浮遊する三人の女性。そのうちの一人、白いシャツに黒いベストを着た女性が口を開いた。
「私はルナサ。ルナサ・プリズムリバー。あなたは?」
ルナサと名乗るその女性は金色の瞳を菫子と麟に向ける。残る二人の女性たちも麟たちへと意識を向ける。三人から視線を向けられる二人。麟はゆっくりと投げかけられた問いに答える。
「私は冴月麟といいます」
「そう。後ろの娘は?」
「宇佐見菫子よ」
短く返す菫子。刺々しい、排他的な調子の返答こそ普段と変わらない。だが、強がっているだけでかなり消耗しているようだ。その証拠に菫子は最上階へ倒れこむように入って来て以来、立ち上がれてすらいない。寝転がったまま起き上がれずにいる菫子を守るように立つ麟。そんな二人をルナサは品定めするようにジッと見つめる。
「メルラン、リリカ」
ルナサは残る二人に対して挨拶をするように促す。後ろへと下がったルナサ。入れ替わるように残る二人が麟たちに近づく。右足を後ろへ下げる麟。そんな麟を気にも留めず、二人は挨拶を始まる。
「私はメルラン! メルラン・プリズムリバーよ!」
メルランと名乗るウェーブのかかった薄い水色の髪をした女性はにっこりと麟に微笑みかける。だが、麟に微笑みかける明るい雰囲気とは裏腹に薄ピンクのベストとスカートを着た姿からは儚げな印象を受ける。続けて三人の中で一番背の低い、薄茶色の髪の女性が挨拶をする。
「私はリリカ。リリカ・プリズムリバーよ」
リリカと名乗る赤のベストとキュロットを着た女性は他の二人とは違い、平凡な印象を受ける。愛想が悪く陰気なルナサと必要以上に明るく人当たりの良いメルランの後だけに余計に平凡さが際立っている。
「何をしに来たの?」
ルナサが問う。
「調査をしに来ました」
麟が素直に答える。菫子が何か言おうとするが、手で制する。菫子は不満げな様子で成り行きを見守る。
「そう、ここまで登ってきた理由は?」
事務的に問うルナサ。メルランとリリカは黙っているだけで興味はあるようだ。麟は正直に答える。
「塔から出るためです。入ったら出られなくなってしまったので音楽の聞こえてくる上へ向かえば何か分かると思って登ってきました」
「……この塔はある人物を閉じ込めるために作られたの」
塔から出るのは私たちの奏でる曲を聞き届けないとダメよ。ただし、曲の進行に合わせてポルターガイストが起こるの、とルナサは言う。麟は不安げに菫子を見る。
「つまるところ、ポルタ―ガイストに対応しながら一曲だけ聞けばいいんでしょ?」
「そう!」
「菫子さん……」
「大丈夫、やってやろうじゃないッ!」
「メルラン。リリカ。始めるわよ」
「分かったわ!」
「ええ、いつでもいいわ」
ポルターガイストは私が防ぐからあんたは聞き役に徹して、と菫子は麟に耳打ちする。
「演奏中はお静かに願います。それでは存分にお楽しみください」
簡潔な注意事項と共に三姉妹の演奏が始まる。ルナサがヴァイオリン、メルランがトランペット、リリカがキーボードを演奏する。音楽に明るくない麟には演奏されている曲は全く分からない。しかし、三姉妹の演奏はそういった次元のものではない。
脳を揺らすベース。鼓膜を震わすヘルムホルツ。心の臓を撫でるブラス。それら全てが完璧に組み合わさり、真善美そのものを奏でている。
──聴くもの全てを魅了する魔性のアンサンブル。
だが、美しいバラには棘がある。演奏が進むにつれてポルターガイストが激しくなる。部屋の中を飛び回る家具。菫子は自分たちへ飛んでくる家具のことごとくを撃ち落とす。
演奏に近ければ近いほど激しくなるのか、と菫子は心の中で呟く。ここまで来るとき、ポルターガイストは上に行くにつれて激しくなっていた。今にして思えば三姉妹の居る最上階へ近づいていたからなのだろう。菫子の中で謎が解ける。
演奏が中盤に差し掛かる。一言も発さず、目を合わせることもなく完璧な演奏を続ける三姉妹。黙って演奏に耳を傾ける麟。無言で迎撃する菫子。ルナサたちの演奏のみが騒音塔の最上階を満たす。感嘆の声すらはばかられる、時すら忘れる天上のコンサート。
──まさしく、夢幻の演奏会。




