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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

処女作その他

この星が滅んだワケ

「この星には、誰かいるのでしょうか」


 呟きながら、私は四本の足で歩く。

 しかし周りは、見渡す限りの瓦礫、瓦礫、瓦礫の山だ。どこまで行っても何もない。

 まるで時間が止まってしまったかのように音がなく、寂しい風が唸るだけ。


 その中を進むうち、この星はとっくのとうに終わってしまっているのだということがわかった。

 緑は一欠片もなく、ただただ荒廃した焼け野原だけが広がるだけ。


 ――またダメなのか。


 失望し、肩を落とした私の耳に突然、高いしわがれ声が届いた。


「……?」


 背後を振り返った私は、思わず目を丸くする。

 だってそこには、長く美しい白髪を揺らす得体の知れない者が立っていたのだから。

 二本の手足、小さな頭部。胴体にはボロ布を巻き付けている。

 四本の足に八本の腕を持つ大頭の私とはまるで違うものの、それは明らかに知性のある生き物だった。


 こんな星にまだ生物がいたのか、という驚きを隠せない私に、相手は何やら話しかけてきた。


「――――」


 が、何を言っているのか全然わからない。

 考えてみれば当然のこと、異星人に言葉が通じるはずはなかった。

 私は慌てて翻訳機を取り出し、それを口に当てる。


「ええと……」


「あなた、何なの?」


 言い淀む私に代わって口を開いたのはやはり、相手の方だった。


「私は、遠い星からやって来ました。そちらからすると異星人ということになるのでしょうか」


「言葉が通じたみたいで良かった。……そうなのね。普通なら信じられないけれど、あなたを見てみれば反論はできないわ。アタシはこの星にたった一人残った生き残り。最後の人類よ」


 彼女――人間という種族らしい――はそう言って溜息を漏らした。


「もうこの星には何も残っていないのですか」


「ええ。水もないし食糧もない。もはや死んだ惑星になってしまったわ」


 悲しげな彼女の言葉に、私はふと疑問を抱いた。

 何故この惑星はこんな風になったのだろうか。

 尋ねてみると、人間の女は驚いたようにこちらを見て、「聞きたい?」と首を傾げる。


 私はこくりと頷いた。なんだか少し興味を惹かれたというか、好奇心が止められなかったのである。


「どうせ何もないのだし、せめてもの手土産に話してあげましょう。少し長くなるけれど、聞いていてね?」


 彼女は地面に座り込み、異邦人である私に親切にも昔話を聞かせてくれたのだった。




『――もう、あれから何年経ったかしら。

 ずいぶん長い月日が流れた気がするわ。

 当然よね。あの頃はあんなに若くて美貌を誇っていたアタシが、もうすっかり老婆になってしまったのだものね。

 はて、あれは五十年以上前の話だったか。

 始まりは全てこのアタシの小さな失敗からだった。

 アタシはその頃二十歳を少し過ぎた頃。人間はその頃が一番華と言って良い時期なのよ。

 名声も冨もある家柄だったから、何不自由なく過ごしていた。

 そんなアタシには一人の彼氏がいたの。

 彼はアタシの幼馴染とも言える人で、とある研究所に勤める研究員。何を研究していたかというと、とあるウイルス研究よ。

 なんだか難しい研究をしていたみたいだけど、アタシにはよくわからない。

 アタシの父がそこの所長だったのもあって、アタシね、一度見学に行ったのよ。

 あなたにはきっと想像できないでしょうねえ。その頃のこの星はとっても豊かで、人が多くて色鮮やかで技術もどんどん発展してて……それはそれは、なんというか未来のある場所だったわ。

 国もいくつもいくつもあってね、いろんな動物だっていたの。懐かしいわ、鳥と囀れた日々が。犬や猫と戯れた時間が。

 ――ええとごめんなさい、話を戻しましょう。私が見学に行ったところからね。

 研究所っていうのはね、わかる? 色々の機械がずらっと並べられててね、アタシにはよくわからないけどとにかくすごい場所なの。

 アタシは好奇心のままにあたりをキョロキョロ見回しながら歩いていた。

「僕が今担当してるのは、〇〇ウイルスの研究なんだ」

 彼氏がそう言って指差した先、そこにはビーカーやらフラスコやら名前の知らない器具やらが置かれていたわ。

 〇〇ウイルスっていうのはね、一昔前爆発的に感染を広げていたものなの。その頃には少しマシにはなっていたけど、やっぱり終息には至らなくてウイルスを弱毒化する研究が行われていたの。その最大手がアタシの父の運営する研究所だったってこと。

「アキラ君、ちょっと見せてやりなさい」

 父さんがそう言うもんだから、彼氏は何やら器具を持ち上げて、顕微鏡で見せてくれたの。

「――ワケわかんない」

 それがアタシの率直な感想だったと思う。何か蠢いてるのはわかるけど、これがウイルス? なのか、ちんぷんかんぷんなのよ。

 こっそり触ってみたら、なんだかヌメヌメしてる。多分溶液の感触だったんだと思う。

 気持ち悪いからすぐ手を離したけど、研究所に入る前に何も触っちゃいけないって言われたことを思い出してハッとなって、私は慌てて服で拭ったわ。

 それからは父の自慢話と彼氏の意味不明な横文字の羅列を聞き流しながら見学を終え、帰途についた。

 ああ、少しまた寄り道してもいいかしら?

 アタシの仕事について、詳しく話しておいた方がいいかしら。

 アタシね、歌手だったの。

 歌手ってわかるかしら? そう、歌で人々を熱狂させるの。アタシは若手にして有名歌手で、世界に名を轟かせてた。

 名が売れているって点で比べたら、父さんと同じかそれ以上だったんだから。

 老婆の戯言だと思って、聞き流してね。

 さて話の続きよ。

 異変はその、数日後から起きたのよ。

 ある日アタシが仕事から帰ると、部屋で父が泡を吹いて倒れてたの。

「大丈夫!?」ってアタシが駆け寄ったら、父さんはにやにや笑って何やら呟いて――死んだ。

 あまりに突然で、アタシは何が起こったのか理解できなかったことを覚えてる。

 昨日までピンピンしていたんだからなおさらショックが大きいってもんよね。

 アタシは何日か仕事を休んで、泣きながら考えた。

 何かがおかしいって。

 でも何がおかしいのかわからなくて、アタシは漠然とした違和感を抱いたままで、やがて日常へ戻ったの。

 研究所は彼が引き継いで、数人の研究員と共に変わりなくやっていたというわ。

 でも、感じた違和感はただの違和感じゃなかったのよ。

 何日か後、アタシの知り合いの一人の訃報が突然舞い込んだ。

 歌手仲間で、その先日も会ったばかりだったからアタシは信じられなかったわ。詳しく話を聞いたら、彼女も泡を吹いて倒れたんですって。

 さらに半月ぐらいした頃、彼氏のいる研究所でも泡を吹いて倒れる研究員が相次いで、半数以上の人が立て続けに死んだというの。

 それ以外でも、あちらでこちらで、倒れる人間が続出した。

 これは明らかに異常だってわかり始めたある日、彼氏がアタシに言ったの。

「ここ最近の変死。その原因がわかったよ。……それは、新種のウイルスなんだ。恐らく、僕らの研究所から持ち出された、ね」

 それを聞いてアタシは愕然とするしかなかった。だって思い当たる節があったんだから。

 あの時服になすりつけたあれ、あれとしか考えられなかった。

 じゃあ、アタシのせいで父が、友が、その他の人々が死んだって言うの?

 でもアタシは言えなかった。言うのが怖かったから。

 日に日にその脅威は、日常化していった。

 例えば、街中で突然男性がめちゃくちゃに暴れ出し、意味のわからない言葉を叫びながら泡を吹いて死亡したり。

 ショッピングモールのフードコートで女性が何の前触れもなく転げ回り、これまた泡を吹いて気絶、痙攣した末に死ぬケースも。

 研究結果によれば、このウイルスは従来あったウイルスが何かに反応し変異したもので、人の脳に作用し死に至らしめるということらしいの。

 世界は大混乱になったわ。それを生物兵器として利用しようと研究を始めた国もあったし、封じ込め切れずに崩壊する国もあった。

 それに乗じるようにして覇権主義系の国は各地に手を伸ばし、争い出した。

 アタシはしばらく歌手の仕事を続けてたけど、握手会もコンサートもテレビもラジオも何もできなくなった。

 でも幸いなことに、アタシと彼氏だけはウイルスに感染らないで済んだの。

 研究所員の中で唯一生き残った彼氏と一緒に、山奥の山荘で暮らし始めたわ。

 ここなら誰もいない。だから平穏に暮らせる。世界の形はすっかり変わってしまったけど、アタシはある程度満足して生きていた。

 突然だったわ、空から眩しい光が落ちて来たのは。

 それは一瞬にしてふもとの街を粉々にして、アタシたちの住む山までも瓦礫に埋めた。

 アタシと彼はなんとか助かったけど、国中その光で焼き尽くされて、すっかり何も残らない荒野になってしまったわ。

 光の正体は原子力爆弾。全てを吹き飛ばす、恐ろしい破壊兵器だったのよ。

「とうとう世界戦争が始まったんだ……」

 彼がそう言って肩を落としたのを、どうしてかしら、アタシはいつまでも忘れられない。

 国の上層部がすっかりウイルスでとち狂ってしまって、正常な判断を失い、戦争を始めたらしかったわ。

 でもそんなことを知ってもアタシたちはどうすることもできない。隠れ家を失って、巨大な船に乗って大勢の人々と避難する他なかった。

 でもそこでも感染爆発が起きて狂乱者が続出、船は沈没して、まさに地獄絵図の中でアタシは海を漂流したわ。

 そのうちに彼と別れ別れになってしまって、命からがら陸に辿り着いたアタシは必死で彼を探した。

 歌を歌ったわ。彼は私の歌が好きだったから。

 でもそれに応えてくれることはなくて、でも歌うのをやめずにアタシは必死に探し続けた。

 それで一月ぐらい経った頃かしら、寂れた街角で彼を見つけたのよ。

 鴉につつかれて、ボロボロになった彼の亡骸。それを抱きしめてアタシは、声が枯れるまで泣くことしかできなかった。

 食物を奪い合い、世界から人が絶えるのにはそう長い時間はかからなかった気がする。

 毎日のように血が流れ、気づいたら人間はもちろん、その他多くの動物たちすら、誰もいなくなってしまっていた。

 たった一つのウイルスから、この星は果てた。そう、アタシがうっかり犯してしまった小さな過ちのせいでね。

 ――これがこの星、地球が滅んだワケの全部。

 それからアタシは何年も何十年も、何をするでもなく、たった一人で彷徨い歩いたわ。

 幸せも、平和も、愛する人さえも失ったというのに、生きている意味が自分でもわからなかった。でも自ら命を絶つ勇気が持てなかったから、生き続けたの。

 時は流れアタシもすっかり老婆になったわ。

 そしてとうとう食糧が尽きて死ぬしかないと思っていた時、宇宙人さん、あなたと出会したのよ』




 老婆が語ったのは、まるで嘘のような話だった。

 しかし彼女の真面目な表情が、それが本当であると物語っている。


「さあて、お話はおしまい。どうだった?」


 女性の壮絶な昔話に、私は胸を焼かれるような思いだった。


 歴史は繰り返す。

 それは、星を越えても同じこと。

 私たちの星はかつて高度な文明で栄えていた。しかし人口の異常とも言える増加で飢餓が蔓延し、多くの人々が死に、星の水や食料も底をついてしまった。そして僅かに生き残った住人たちは、宇宙船で新たなる星を探すしかなくなったのだ。

 この星と我が故郷の状態は、まるで同じに見えた。


「悲しかった……です。ありがとうございました」


「いいえ。お礼を言いたいのはこちらよ。老婆の話し相手になってくれてありがとうね」


 そう言って、女性は柔らかく笑った。しかし彼女の微笑みからは悲しみの色が濃く見えてしまう。

 当然か、人に胸の内を話したところで、大きく状況が変わるのではないから。


 そんな彼女を見遣り、私は提案せずにはいられなかった。


「あのう。私と一緒に来ませんか? 水も食料もないのでは、干からびて死んでしまいます。宇宙を旅すれば、きっとそれらがあるはずですよ」


 だが、女性は白髪を靡かせながら、ゆるゆると首を振った。


「ありがとう。でもアタシはここに残るわ。……だってここはアタシの生まれ育った大事な大事な故郷なんですもの。最期までここで過ごしたいの」


 私はしばらく押し黙った。

 が、女性からは強い信念のようなものが感じられて、何を言ってももう心は変わらないだろうということがわかった。

 彼女は自ら運命を受け入れたのだ、それに文句を言えるはずがない。


「この星を愛しているのですね。それに対し、私は故郷を簡単に捨ててしまった。愚かです」


「いいやそんなことないわ。愚かなのは、滅びた惑星に固執している私だと思うの。ああ、最後にあなたと話せて本当に楽しかったわ。――さよなら、元気でね」


 手を振る女性に、細長い腕を振り返し応じる。

 そして彼女に背を向けた私は、なんだかすごく虚しくなった。


「ここも期待はずれ。別の星を探すしかないですね。……この宇宙に、今もなお滅びを免れている星が一体いくつあるのでしょう」


 溜息を吐き、四本の足を引きずるようにしてその惑星を去る。


 ふと見上げると空には暗黒の雲が広がっており、それは私の心情を表しているように思えたのだった。

ご読了、ありがとうございました。

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