あるギルドメンバーの遺書
拝啓 大好きなギルドの皆へ。
皆がこの手紙を読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないんだろう。
封筒にも書いてあった通り、これは俺の遺書だ。遺書というからにはもちろん俺はこれから死ぬわけだし、それがわかってるってことは、死を自分で選び取ったことになる。
本当なら絶対にあってはならないこと。死と常に隣り合わせの冒険者業界で、生きたくても生きられなかった奴らに対する冒涜だ。
いやそうでなくても、遺された者は悲しむ。苦しむ。そういう理由がある。だから自害は禁忌とされている。そうだよな。
じゃあひとつ質問だ。これを読んでいるあんたに質問だ。
今、悲しいか?
苦しいか?
それとも怒りを感じたか。
悔しいと思ったか。
数年間苦楽を共にしたギルドメンバーが勝手に死を選んで、辛い気持ちになってくれたか。
俺が代わりに答えてやろう。
正答は「ならない」だ。違うか?違わないよな。俺はよく知っている。だって俺が死を選んだ理由はお前らなんだから。
これを読んでいるのが下宿先のリナリーだったらーー事実を伝えるのは本当に申し訳ないけれど、俺はギルドメンバーにかなり過酷な扱いを受けていた。リナリーは皆を平等に扱ってくれていたから、事実を言うのはとてもじゃないが気が進まなかったよ。それは申し訳ない。
逆を言うとギルドメンバーは全員知っていた。
戦士のアルファルド、俺はお前と友達だと思っていたけれど、お前にとっては別にそうでもなかったらしいな。俺がギルドの奴に囲まれてリンチされた時、お前はずっと黙って見ていた。しかも次第に加勢するようになっていった。終いにお前は、鍛錬と称して率先してやるようになったな。
僧侶のミーシャ。読んでいるかミーシャ?俺は愚かだったよ。君は顔は美しかったが、それ以外には何もない空っぽの女だった。そのことに気付かず、馬鹿な俺は君に憧れを持ってしまった。
頭が空っぽなだけならまだ良い。詰めていけばいいからな。けれど心が空っぽな女はどうしようもない。お前の心は空っぽだけでなく穴だらけで、誰がどんなにお前に心を砕いても、変わることはなかったな。
勇者のオーディン。俺がミーシャに憧れを持ったことで傷付けてしまったようで悪かった。お前はミーシャにベタ惚れだったからな。
だがオーディン安心しろ。お前はミーシャによくお似合いの男だよ。
今なら言えるよ。君達はお似合いのカップルだ。ミーシャが空っぽの女なら、お前はハリボテの男だ。威勢だけよくて、そのくせなにもできない、ミーシャの男になるべき男だったよ。
仲人をやってやれなかったのが悔やまれるくらいに。
まあ、もう俺は死んでるんだけどね。
でもね、今名前を挙げた奴らなんかどうだっていいんだ。アルファルドもミーシャもオーディンも、全員頭に中身が詰まってない臆病者だったから、嫌がらせもお粗末なものだ。
死ぬ理由になんかならないのさ。水をぶっかけられたり食事を適度に抜かれる程度で死ぬわけがないだろ。
エルザ。
そう、お前だよ。
魔導師エルザ。見ているか?
ミーシャは頭空っぽな女だったがその分操りやすかっただろう。オーディンはミーシャにベタ惚れだし、アルファルドは少し苦労しただろうけど俺への劣等感をうまく刺激してやれば楽勝だったはずだ。
お前は悪知恵の働く狡猾な女だった。実行犯は全部他の三人で、お前は可愛いギルドのマスコットを演じればよかった。
お前は自分可愛さに手を下さない奴だったからな。
エルザ、お前はこの遺書を読んでどんな顔をしている?
嘲笑っているだろうか。馬鹿にしているだろうか?それともまた被害者面か?
当ててやろうか。恐怖に震えているんだ。
俺の遺書に恐怖しているんじゃない。俺が死んだ事実でもないな。お前はそんな純真無垢な女じゃない。どうせオーディン辺りに責任転嫁して新天地でやり直そうとか考えてたんだろう。
だからお前が怯えているのは、俺が自分の命と引き換えに発動した終焉魔術だ。そうだろう。
終焉魔術についてはよく語り合ったよな、エルザ。お前は魔術の構築理論は高いレベルにあって、いつも舌を巻いたもんだ。
終焉魔術は文字通り終焉をもたらす禁忌の魔術。だが、お前は昔から終焉魔術に並ならぬ興味を持っていた。
だからお前は俺の忠告を無視して終焉魔術を作ったし、脅しの材料としてそれをいつでも発動できるようにしていた。流石に世界を人質にされると手出しができないから、俺は従わざるを得なかった。
ああ。終焉魔術を発動させたのはもちろん俺だよ。
もう死ぬのに世界のことなんか考えても仕方ないしな。
今、世界がどうなり始めているかは知らない。だが確かなことは、その終焉魔術を作ったのも魔力を込めたのも、間違いなくお前だということだ。エルザ。
流石にここを誤魔化すことはできないよな。アルファルドもミーシャもオーディンも魔術の素養は無い。魔力もお前のものだから、犯人がわかるのも時間の問題だろう。
今までお前を許してきた奴らも、流石に世界が終わるとなれば話は別だ。お前の味方なんて一人もいなくなる。お前は世界中のサンドバッグになる。
お前が助かる手段はただ一つ。魔術を唯一無効化できる解呪魔石に魔力を込めて、終焉魔術を解除することだけだ。
そうしなければ世界は終わるし、お前は死ぬより酷い目に遭い続ける。アルファルド達だって、同じギルドだから責任を取らされるだろうな。
なんにせよろくなことにはならない。
……だけど、これを読んでいるってことはやっぱりお前は解呪魔石を見つけられなかったんだな、エルザ。
だからわざわざ俺の遺書を探してくれたんだろ?
俺の遺書は相当分かりにくいところにあったのに、よく探し出せたな。
ギルドが結成された最初の、思い出の森。
簡単には掘り起こされないように色々魔術や罠を仕掛けたから、最短でも二週間くらいはかかったんじゃないか。罠を潜り抜けてまで必死になって、よくここまで辿り着いたな。
どうだ、ハッピーか? エルザ。
まあきっと慌てているんだろうけど安心してくれよ。解呪魔石はまだ残ってるし、場所はちゃんと書いてある。
それに、人間には魔石を破壊することなんて出来ない。隠したとしても……俺の行動範囲にも限界があるし、たくさんの人間が血眼になって探すだろうからこの世界が滅び切る前には見つかるだろう。
場所もこの遺書にちゃんと書いてあるから心配しないでくれ。世界を終わらせるなんて、そんな恐ろしいこと俺に出来るわけないじゃないか。
けど場所を言う前に、ひとつ話に付き合ってくれないか。
なに、すぐ終わるから。
お前らはこの遺書を見つけるずっと前に、もちろん俺の死体も見つけてくれたと思うんだ。
自分の部屋で自分の魔銃で一発。自死を選んだことはすぐにわかっただろう。ダンジョンの外で死んじまったけど、犯人探しをする必要がなくてよかったよな?
だけど、お前らとしてはまだ犯人がいた方がよかった筈だ。
ギルドメンバーから自殺者が出たら、そのギルドの評価は地に堕ちる。しかもメンバーが原因とわかったらギルドは社会的に終わったも同然だ。
俺の身体を調べれば、お前らに刻み付けられた無数の傷や火傷が出てくるし、そういう意味でも見つかるわけにはいかないだろう。
どっちにせよ、俺の死体は見つかったらかなりまずい。
だからお前らはある時期から俺をダンジョン内で何度も殺そうとしてきたんだよな。ダンジョン内で死んでくれればそのままダンジョンに呑み込まれて消えるから。
お前らはそうして何人もの心ある人を殺してきた。
だから俺が自死してもそうするだろうと俺は思った。
でも俺はお前らに最後の賭けをしたんだ。
つまり、俺の死体をどうするかという賭けだ。
俺の自殺を公表するか隠蔽するか。
公表して俺の死体を調べ全てを明るみにするか、火山口かモンスターに放り込んで秘密裏に処分するか。二択にひとつだ。
死んだ後なのに賭けるなんておかしいって?
まあ俺もそう思うよ。でも、いいじゃないか最後に一度くらい。希望を持たせてくれよ。
ああもちろん、俺は信じているよ。お前達が、俺の思う正しい選択をしてくれていることをな。俺はずっとお前らを信じていた。その度に裏切られることになったけど。
……なあ、この遺書を書きながら、お前達と最初に出会った時のことを思い返していたんだ。
最初はみんな優しかった。理想的なメンバーだった。きっと何かがかけ違ってこうなっただけで、本当はみんな悪い奴らなんかじゃないって、俺はずっとずうっと思ってたんだよ。
アルファルド。お前は実直な努力家で、切磋琢磨しあえる唯一無二のライバルだった。
ミーシャ。お前は少し抜けていたけどそこが魅力的で、いつも笑顔を絶やさないムードメーカーだった。
オーディン。お前は女好きのお調子者だったけど、場を明るくしてくれるいい悪友だった。
エルザ。お前はいつも皆に優しかったな。誰にでも慕われて、能力があって、そんなお前と幼馴染だったことがとても誇らしかったよ。
俺達はほんのちょっとだけウマが合わなかっただけで、例えばどちらかが物言わぬ存在になれば、生来の優しさを取り戻してくれるってバカみたいに願ってた。
俺の自死は皆のためでもあったのさ。本当だよ。
俺はこうなっちまった。けど皆はまた違った道があると思う。後悔しろとはいわない、でもせめて反省はしてほしい。誰かを自死に追いやったことについて何か思うことがあるなら、それを公表してほしい。
例えそれで責任を負うことになっても、いつか必ず良い方向に向かうから。優しかった頃のお前らなら、罪を償うことが出来ると思っているから。
これは俺の最後の願いだ。お前らが俺の願いを聞いてくれるとは思えないけど、お前らにもそれぞれ大切な人がいるんだろうし、その人達の為にも聞き届けてほしい。
聞き届けてくれると思ってる。
……今、俺は自分の胃に「あるもの」を呑み込んだ。
終焉魔術の解呪魔石だ。
世界を救う唯一の鍵が、俺の死体と一緒に消えていないといいけれど。
読んでいただきありがとうございます。
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これの異世界恋愛バージョンみたいなの書いてみました。よろしくお願い致します!
→続きの短編を書きました!(2022/6/23)
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