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東京オリンピック

作者: オモト ラム

 2120年春。JOC会長室で数人の幹部が沈痛な面持ちで会長との面談に接している。

日本体操連盟会長のコーヘー・ウキムラ4世理事が口を開いた。

「会長、オリンピック返上をいつIOCに伝えますか。いまさら代替場所を決めるのはIOCにも無理でしょうが、海外のアスリート達は日夜練習に励んでいます。早く中止を決定しないことには彼らが可愛そうですよ。」

陸上競技連盟会長のダメスエ5世理事も追随する。

「このまま時間だけが経過して大会直前になってやっぱりダメでしたということになれば、諸外国やスポンサーが賠償請求をしてくる可能性もあります。」

 ダメスエ理事はスポーツ経済学の権威であるが、実生活においては質素倹約を旨とする渋ちんである。

 会長は100年振りに建て替えた真新しい国立競技場に目をやりながら、ダメスエの言葉を突き放した。

「ダメスエ君、何を言ってるんだね。返上なんかする訳ないだろ。コロリ感染症も世界中でほぼ収束しているんだぞ。」

フェンシング協会会長のオッタ4世理事が頷く。彼は若い頃かなり苦労をしたこともあり、権威には若干弱いところがある。

「確かに第一波の際、感染者の多かった欧米では抗体者の増加により第ニ波の高まりを抑えることが出来ました。南半球も夏を向かえたことにより、南米や南アフリカ、オセアニアでも第一波が収束しようとしています。」

会長がニコリと笑みを浮かべる。

「その通り。コロリは世界中で収束したんだよ。」

ウキムラ理事が食い下がる。

「会長、その世界の中で日本と中国だけが第ニ波の真っただ中にいるのをご承知でしょう。」

「しようがないだろう。日本と中国は一心同体なんだ。中国がくしゃみをしたら日本が風邪を引くのは致し方ないことだろう。それに君、今だったら中国選手を参加させない大義名分がつくだろう。中国の体操選手が参加できなければ、日本選手たちのメダル獲得の可能性は格段に上がる。私は日本体操会のためにも何としてでも開催したいんだよ。」

「会長、私はそんな卑怯な真似をしてまでメダルを獲得したいとは思いませんよ。それに、日本と中国は一心同体だけどオリンピックには参加させないというのはどう見ても矛盾しています。」

「ウキムラ君、君が卑怯な真似が好きか嫌いかなんてどうでもいいんだ。

 君は何個も金メダルを取っているから分からないかもしれないが、成功者の当落線上にいる選手たちにとっては表彰台に登ったか登らなかったか、メダルの色が何色だったかでその後の人生は格段に違うんだよ。

 一生そのスポーツに携わっていけるかどうかが決まるんだ。日本体操会のために是非とも日本で開催すべきなんだよ。」

「わかりました。そういうことなら私は会長のご意向に賛成します。」

 諦めの良い単純明快なウキムラ理事は、白い歯を見せた。

「やれやれ。」

ダメスエ理事がため息をつきながら言う。

「台湾や韓国の対策に追随していれば、こんなことにはならなかったのに。」

会長は半ばやけっぱちに吐き捨てる。

「今更そんなことを言ってもしようがないだろう。いけないのは私じゃない。ガース首相とオイケ都知事だよ。とにかく中国人の入国だけ禁止すれば、外国人旅行者も安心だろう。」

政界進出を狙っているダメスエ理事は執拗に説得を続ける。

「いえ、中国はともかく、世界は日本のコロリ対策に不信感を持っているんですよ。日本国民の大半もこれまでの対策を継続させれば、また第三波がくるものと思っています。

 外国人にとって利点と言ったら、大暴落している円為替のお陰で日本での買い物がとてもリーズナブルになっていることくらいです。しかし安くなった炊飯器やウォシュレットを買いに、コロリが蔓延する日本にくる外国人はそうそういませんよ。」

 会長は憮然とした表情で言う。

「そんな中でも世界の人々に東京が安全なんだと納得してもらうにはどうしたら良いかを考えるのが君たちの仕事だろう。」

「そんなこと言われても。少なくとも関東は、年明けから第一波を凌ぐ第二波への警戒宣言が発令され続けて、いまだ外出制限措置が解除されていない状況ですよ。デパートもキャバクラもやっていない街でオリンピックはちょっと無理ではありませんか?」

「確かにその方面の施設がないのは寂しい話ではあるが。」

他の理事が口を挟む。

「お台場の選手村は、昨夏から感染患者の隔離施設になっています。1万人を超える患者をどこに移転させると言うんですか?会場にしても、日本武道館、東京体育館、国際フォーラム、有明アリーナ、それから体操競技場等々、殆どの会場も同様です。まだ東京だけで3万人のコロナ患者がいる状況の中で、どこで競技をすればいいんですか?」

「君たち、要は東京オリンピックが開催出来ればいいんだよ。場所なんぞどこでも構わん。」

「会長、おっしゃってる意味がわかりませんが。」

「いいかね、たとえば小笠原、あそこは感染者がゼロ。しかも東京都だ。」

 東京都庁、五輪担当局長のイシッハラ5世が口を挟む。

「会長、今から小笠原に施設を作ることは不可能です。それに小笠原に行くには船で26時間かかります。」

「君は本当にお役人だな。できない、できないばかりで具体的な対策案は全く出てこない。君の脳みそには斬新なアイデアはないのかね。」 

 イシッハラは淡々と答える。

「私は都庁職員です。そんな能力があったら公務員なんかやっていませんよ。」

「いいかね、小笠原の話は例えばの話だ。君たちには創造力というものはないのかね。」

「ですから私は公務員ですし、先ほどからオリンピック自体を返上するしかないと申し上げているんですよ。」

「もういい。君は一生口を閉じていたまえ。

 実は私にグッドアイデアがあるんだ。コロナが収束した場所を東京都にしてしまうのはどうだね。」

「会長、それも意味がわかりませんが。」

「例えば岩手県を吸収合併してはどうかということだよ。」

「会長、ますます意味がわかりません。どうして岩手県が出てくるんですか?」

「岩手県は今回のコロリウイルスの影響を一番受けなかった素晴らしい県だ。スポーツ施設も整っている。空気も水も自然も東京に比べたら格段に上だ。今回の五輪はコロリからの復興という命題が加わったが、元々は3.11、110年前の東日本大震災からの復興がスローガンだった。岩手県はこれにふさわしい場所だよ。」

「会長、岩手県が素晴らしい場所であることはわかります。元々、東京がしゃしゃり出ないで東北でオリンピックを計画していれば良かったんですからね。お聞きしたいのは、合併の意味です。」

「だから、開催場所はコロリが収束しているところ。岩手県はコロリが収束している。開催場所は東京。だから岩手県を東京都にする。このロジックに何か間違いがあるかね。」

「最後の、岩手を東京都にするというところが全くわかりません。」

「さて、どこに問題があるのかな。矛盾はないと思うのだが。」

「いえ、理窟の問題ではなく、方法論の問題です。どうやって岩手県を東京都にするんですか。吸収合併なんて言ったら岩手県民の怒りを買いますよ。」

「そうかね?岩手県庁は都庁別館に格上げ。盛岡市は盛岡区。岩手県民は大喜びじゃないのかね。」

 岩手出身のショーヘー・オタニ理事が口を挟んだ。

「会長、東北の中心は昔から平泉です。岩手県民からすれば残虐非道な源頼朝の関東に組することなど屈辱の何ものでもないんです。」

「何を大昔の話をしているんだね。第一、東北の中心は誰が見たって仙台だろう。伊達家の支配から逃れられる良いチャンスを私たちが与えるんだよ。」

「会長、その上から目線がちょっとまずいのでは。」

「いや、平泉なんてトンチンカンな事を言うからだよ。大昔のことなんかどうでもいい。岩手県民は現実を見なさいってことだよ。もし岩手が嫌がるなら秋田でもいいんだ。文化的なレベルや美人の多さだったら秋田の方が完全に上だろう。」

「会長、今あなたは岩手県民全員を敵に回しましたよ。セクハラ発言にも値します。」

「ホントの事を言って何が悪い。」

「会長、人格者はホントの事を言わないものです。」

「そんな京都市民のようなネガティブな思いやりを私は持ち合わせていないよ。」

「会長、また余計な事を。ほらキミッコ・ダテ理事が睨んでますよ。恐らくタカ・ニシワッキー5世府知事や、タケ・ユカタ4世京都市長からもクレーム電話が来ますよ。同じ関西でも大阪人なら三日以内に忘れてしまうんでしょうが、京都人はその場で「水に流しましょ」と言っておきながら、子々孫々1000年間は忘れませんからね。」

「わかったよ。ちゃんとウソのつける人格者になるよ。で、どうだね?私の東京・岩手合併論は?人格者として岩手に何でも譲るぞ。なんなら盛岡区でなく千代田区にしてもいい。それから高等裁判所を仙台から移転しよう。電話番号も03で始まるようにしよう。」

「会長、あまり説得力があるようには思えません。岩手県知事を都知事にするとか、最高裁判所を東京から盛岡に移すくらいの交換条件でなければ難しいと思いますよ。」

「そんな事は無理に決まってるだろ。何せオイケ都知事はやる気満々なんだから。最高裁判事だって田舎に引っ越すのは嫌だろ。」

モリモリ会長の浮世離れした毒舌は一向に収まる気配がない。

東京オリンピックの行く末は益々混沌としている。


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