表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵に描いたら餅  作者: 多田のぶ太
3/3

 敵?

 俺は耳を疑った。

 驚きの表情を隠せない。

「でも、今はそんなこと言ってられないね。まずこの状況をどうにかしなくちゃ」

 敵って言ったよな?敵ってどういうことだ?まさか、超能力的なものを調査する側だったりするのか?それとも、由佳ちゃんも特殊能力を持っていて、俺たちはお互いに戦い合わなければならない運命だということなのか?それとも、単にお餅が嫌いということなのか?頭の中で堂々巡りだ。

 まぁ、由佳ちゃんの言う通り、確かに今はそんなこと言っていられない。銀行強盗犯をなんとかしなければ。

「ねぇ、まだ何かやるつもりなの?」

 犯人はあと二人いたはず。

 お金を取りに金庫の方へ行ったのだろう。

 銃を持っていた。モデルガンなのか、本物なのか、わからない。

 銃口に餅を詰め込めば、きっと発砲できなくなるはずだ。

「私も手伝うわ。きっと役に立つから」

 よくある漫画なんかで、そう言いながら人質になっちゃったりするパターンじゃないのか?と脳裏をよぎる。

「犯人の一人、銃を持っていたの、気づいた?その銃口に餅を詰めて発砲できなくしようと思うんだ」

「え?銃に立ち向かうつもり?でも、銃口を詰めて大丈夫なの?銃が爆発しちゃったりしない?」

「あ……。ば、爆発するのかな?」

 急に自信無さげな声になった。

「あ、でも、引き金をお餅で固定しちゃえば銃が使えないわね」

 うん、そっちの方がリスクも少なくて現実的なのかも。

「そうだね。じゃあ、行こうか」

 手のひらには汗が溜まっている。


 その時、人質たちが、シャッターを開けて、銀行から飛び出していくと同時に、警察、というか特殊部隊(?)がなだれ込んできた。

 残りの犯人も取り押さえられ、一気に片が付いた。

 危うく、俺たちも犯人の仲間と間違えられるところだったが、由佳ちゃんのおかげで何とか免れた。警察関係の人に知り合いがいるらしい。

 人質だったみなさんには、お餅が出てきた件はマジックでしたと苦しい言い訳をして、とりあえず納得してもらった。



 帰り道。

 もう太陽も傾いている。

 途中まで同じ方向だということで、由佳ちゃんと肩を並べて歩いてる。

「散々な目にあったね」

「そうだね。でも、最後は拍子抜けだったな。もっと活躍できると思ってたのに」

「でも、あんまり危険なことしないでよ。いろんな意味でハラハラしちゃった」

 俺も強がってはいるものの、まだ脚がガクガクしている。

「それにしても、ビックリだなぁ。そんな特殊能力持ってるなんて。みんなには秘密なの?」

「うん、だから、天条さんもお願いね」


 ビュウっと風が吹き、由佳ちゃんの髪が揺れる。春だけど、夕暮れ近くなると、風が冷たい。

 由佳ちゃんに確認しちゃきゃならないことがある。あれはどういう意味なのか。

 ゴクリと唾をのみ、恐る恐る尋ねる。

「あの、さ、天条さん」

 足を止めて由佳ちゃんを見る。

「何?」

と見つめ返す大きな瞳。思わず目をそらしてしまう。

「天条さんも、何か、隠し事、みたいなのって、ある?」

「え?別に無いけど?」

 あれ?ここで向こうからも秘密を打ち明けてくれるのかと思ったのに。”敵”だから、安易に秘密は洩らせないということなのか?一体由佳ちゃんは何者なんだ。

「えっと、じゃあ、単刀直入に聞くね。”敵”ってどういう意味?」

 そう聞いた瞬間、目をに開いて俺を見返す。が、次の瞬間「ぷっ」と噴き出して「あははは」と陽気な笑い声をあげた。

「うち、お餅屋さんなんだ。お餅の取り扱いなら任せてよ」

 お餅屋さんか。そういえば聞いたことあるかも。結構老舗のお餅屋だった気がする。

「だからね、伸琉(のびる)くんみたいに、ポンポンお餅を出されちゃったら、うちの商売上がったりなのよね」

 敵、とは、そういう意味か。

 知り合いの警官というのも、お餅屋さんの常連客というだけだそうだ。

 別に由佳ちゃんが特殊能力を持っているわけでも、俺を捕まえようとするわけでもないんだ。ホッとした。かなりホッとした。肩の力が抜けた感じだ。肩どころか、全身の力が抜けたみたいで、その場で俺はしゃがみ込む。

「どうしたの?大丈夫?」

 俺の顔を覗き込むようにして声を掛けてくる由佳ちゃん。

「いや、ごめん、大丈夫。安心して脱力した」

「えー?どこで安心するところあったの?うちの天敵だからね。こっちは気が気でもないのに」

 プイっとそっぽを向いて歩きだした。

「あ、ごめんごめん」

 腰を上げて由佳ちゃんを追いかける。

 再び由佳ちゃんと肩を並べたとき、

「けど、いいこと思いついちゃった」

と、いたずらっぽい顔つきで、こっちを向いた。

「伸琉くんが、私と結婚しちゃえばいいのよね」


 由佳ちゃんは右手を俺の方に差し出した。

「ねぇ、手のひらに丸を描いてみて」

 言われたとおりに、そっとペンで丸を描く。

「ホントに出てくるんだ。すごいね」

 そう言って、出てきたお餅をひとつまみ、口の中に入れた。

「でも、味は、うちの方が上ね」

 味か。味については考えたこともなかった。


伸琉(のびる)くんは、お餅の取り扱いも手慣れたものだし、うちのお店も充分やっていけると思うの」

「俺がお店の後を継ぐってこと?」

「もちろん。伸琉(のびる)くんにも、メリットはあるでしょ。私しか伸琉くんの秘密知らないんだから」

「それって、脅迫じゃない?」

「ええ?違うよ。そういう風に感じた?伸琉(のびる)くんが、ほかの人と結婚するとき、またその人に秘密を洩らさなきゃダメでしょ?私はもう知ってるから、その必要がないってこと」

「ああ、そういう意味か」

「でも、脅迫っていう手もあるのか。私と結婚しないと、秘密ばらしちゃうわよーって」

にこにこしながら、怖いことを言う。どこまで本気で、どこまで冗談なのか、わからない。


「結婚ってのは、俺がこんな能力を持っている理由だけ?」

 好きでもないのに、この能力のことだけで結婚なんて言っているのか、そこが引っかかっていた。

「それはきっかけよ。前から好きだったとか、そんなこと恥ずかしくて言えないじゃない。あれ?わ、私、なんか変なこと言った?」

 両手で顔を隠してうつむく由佳ちゃん。耳まで赤くなってるのがわかる。

「い、いや、俺だってずっと前から由佳ちゃんのこと好きだったし。あ、ごめん、天条さんのこと、好きだったし」

「いいよ、言い直さなくて」

「あ、じゃあ、由佳ちゃんって呼んでいい?」

「いいに決まってるでしょ。婚約者なんだから」

 由佳ちゃんは泣きながら俺の腕を叩いた。

 夕焼けのなか、桜のつぼみが膨らんでいた。俺の心の中はすでに満開になっていた。

 俺には、絵に描いた餅ってのは当てはまらない。

 どちらかというと、この状況は、棚から牡丹餅、だな。



 帰宅すると、

「遅かったわね。あれ?買い物は?」

 すっかり忘れていた。

「ごめん、でもそれどころじゃなかったんだって。人生において大きい事件が重なって」

「じゃあ、罰として、夕食はお餅ね。さあ、出しなさい」


 食事中、今日の出来事を話した。クラスメートの由佳ちゃんに秘密を話したこと、由佳ちゃんはお餅屋さんの娘だということ。婚約の話はまだ言えていない。

「そっか。お餅を売って商売してる人たちのこと、考えてなかったね。じゃあ、お兄ちゃんのお餅は今日で最後にしよっか」

「えぇ?じゃあ、鏡餅とかお雑煮とか、どうするの?」

 妹のミノリが無邪気な質問をする。といってもこの春から中学生になるのだが。

「年末は、その天条さんとこのお餅、買うのでいいよね」

 物わかりのいい母親で助かる。でも、家計的に大丈夫なのか?そっちが心配だ。うちは貧乏なのだから。

「ところで、その天条さんって、かわいいの?なんなら、結婚しちゃえば?」

 鋭いのか何なのか、ほんと、うちの母親には頭が下がる。

 とりあえず、婚約のことも話した。

「それはダメでしょ!」

 え?さっき自分から結婚しちゃえば、って言ったのに?

「なんで、女の子にプロポーズさせちゃってんのよ!ちゃんと自分からプロポーズしなおしなさい!」

 そっちか。

 たしかに、自分から結婚しようって言ってないな。

「電話番号は?聞いてないの?じゃあ、明日でも天条さんとこ行って、話してきなさい。早いほうがいい。春休み終わるまで待とうなんて考えたらダメだからね」


 翌日。天条餅屋の前。お店側から入ればいいのか、家族が使う玄関側の方がいいのか、お店と自宅兼用の建物は、どうも困ってしまう。

 お店の前でウロウロしていると、ちょうど暖簾を掛けに出てきたのは由佳ちゃんだった。

「あれ?伸琉(のびる)くん?」

「うん。あ、あのさ、俺と結婚してください」

「えっと、それは、どういう意味?」

 え?何なんだその反応。あれ?昨日のことは全部夢だったのか?

「今日、何の日か知ってて言ってるの?」

 え?今日は何日だっけ。昨日は年度末だったから三月三十一日。今日は四月一日だ。あっ。

「わざわざエイプリルフールを選んで言っているの?それとも……」

「ごめん、今日がエイプリルフールだって忘れてた。じゃあ、明日また言いに来るから」

 帰ろうとしている俺の手を由佳ちゃんは掴んだ。

「ううん、いいの。嘘で言っているのか、本気で言ってるのか、確認したかっただけ」

 由佳ちゃんの白く透き通った手はちょっと震えていた。

「まだ、うちの親には言ってないの。婚約のこと。昨日、勢いで言っちゃったから、伸琉(のびる)くんの気持ちも変わるかもしれないし、怖くて」

 心配させちゃってたんだな。母親の言う通りだった。

「ね、今から伸琉(のびる)くんのこと、うちの家族に紹介するね。入って」

「え?店のお手伝いあるんじゃ?てかまだ心の準備が」

「大丈夫よ、今日はエイプリルフールだから、冗談っぽく言っちゃえば」

 学校では地味なイメージだったけど、グイグイ来るな。行動的な由佳ちゃんも可愛いけど。ってか、これは結婚したら尻に敷かれるタイプだな、俺。



読んでくださり、ありがとうございました。

学校生活の話、恋敵が現れる話、銀行強盗時の人質の一人が秘密をばらしちゃう話、銀行強盗犯が復習しにくる話、そして伸琉と由佳の今後の話などいろいろ展開できそうなのですが、一旦ここで区切りをつけさせていただきます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ