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母親からお使いを頼まれた。銀行へ通帳記入して来いって。いっぱいになってたら新しいのを発行してもらってって言われたけど、あまりよくわかっていない。とりあえず、ATMで出来るみたいだし、わからなかったら銀行員さんに聞けばいい。人に話しかけるのは苦手なのだが。あとは帰りに卵と牛乳を買って帰るだけ、お釣りでお菓子でも買ってきていいってことで、しぶしぶ引き受けた。今日は天気もいいので、部屋に閉じこもってばかりでは勿体ない。気持ちのいい風が頬を撫でていく。
銀行に着いてATMの順番待ちをしていると、見覚えのある女の子を見かけた。由佳ちゃんだ。クラスでは地味な感じだが、嫌いなタイプではない。いやむしろ好きな方だったりする。人目につかない作業でも文句も言わずに一生懸命やっている。花壇の水やり、掃除用具の片づけ、ゴミが落ちていたら迷わず拾ってゴミ箱へ入れてくれる。字もキレイで読みやすい。
向こうもこっちに気が付いたようだ。
「こんにちは。伸琉くんもおつかい?」
俺はこの”ノビル”っていう名前は好きではない。身長も成績も伸びるように、と親の願いが込められているらしいが、全然期待に応えられていない。伸びるのは餅だけだ。
「うん、ゆ、天条さんも?」
一瞬名前で呼びそうになってしまった。実際に名前で呼んだことはない。いつも苗字だ。
「うん。でも人多いね。月末だからかな」
「あぁ、そうかもね。月末は混むって言ってた気がする」
「しかも年度末だしね」
「あぁ、そうか。なるほど」
「あと、ゴトウ日も多いみたいよ」
「ゴトウ日?全国の後藤さんが集まる日とか?」
「何それ、アハハハ。伸琉くん、面白い」
いや、こっちは知らないから聞いただけなんだけど。
こんな他愛もない話だけど、休日に話ができることがうれしい。
「そうそう、また同じクラスになったね。よろしくね」
「あぁ、そうだったね」
俺はできるだけ素っ気ない言い方をするよう努める。同じクラスになったことでメチャクチャ喜んでいたことを表に出すわけにはいかない。
「また会長やるつもり?」
「あぁ、そうかな。その時は、また書記お願いね」
「えー?またぁ?しょうがないなぁ。伸琉くんの役に立てるならいいけど」
「だって、俺、好きだし」
「え?」
「あ、いや、天条さんの文字、キレイで好きだから」
「あぁ、文字ね」
由佳ちゃんはちょっとガッカリしたように呟いた。
あれ?これって、もしかして、脈ありなんじゃね?
胸の鼓動が早くなっているのが、自分でもわかる。ヤバい。相手に気づかれないように、ゆっくり深呼吸する。
その時、急に銀行内が騒がしくなった。
まさかの銀行強盗とかいうやつらしい。
本当にそんなことやるやついるんだ。自分で働いて稼げよ。大人なんだから。
とりあえず、出口はふさがれた。出入口はシャターが閉められた。俺たち客は人質らしい。
銃も持っている。
壁や天井に取り付けられている防犯カメラは、金属バットも持った犯人が叩き壊していた。
殺されるのか?
怖い。
見ると、顔面蒼白で、肩が小刻みに上下している由佳ちゃんがいた。
「ど、どうなるのかな」
震えた声で囁く。無理もない。そりゃ怖いよ。
いや、俺まで怖がってちゃダメだ。
由佳ちゃんにいい恰好を見せなきゃ。
よし、犯人をやっつけよう。
「大丈夫。俺が助けるから」
そう彼女に告げると、驚いた様子だった「逆らわない方がいいよ。何かあったら大変だよ」
「いいから、まかせときなって」精一杯かっこつけた。
ありったけの勇気を身にまとう。それでも足りなかったらしく、足だけはまだガタガタ音を立てている。
どうやってやっつける?
俺の武器は餅しかない。以前高校生を撃退したように、今回もできるはずだ。
だが、餅を出すところを見られてはいけない。これは今後の自分の人生にもかかわってくる。犯人に見つからないようにするだけでなく、銀行員や客など、ほかの誰にも知られてはいけないのだ。
犯人はうまいこと防犯カメラを壊してくれた。それだけでも随分やりやすい。
建物内に犯人は四人。
二人が客の見張りで、残りの二人が銀行員を脅してお金を奪おうとしている。
外にはまだ仲間がいるのかもしれない。
とりあえず、みんな携帯電話を奪われて袋に入れられた。外部に助けを求める手段はないということだ。
幸いにも、腕は縛られていない。客が十人近くいる。面倒なのか、すべての客の腕を縛ることはしないらしい。
みんな出入口とは反対側の待ち合い席の奥へと集められている。
ウェストポーチの中に、紙と油性ペンが入ってる。ポーチの中に手を入れて、ポーチの中で絵を描くことで、バレずに済む。ポーチの中に餅が入っていただけだと思うハズだ。なぜ餅を持ち歩いているのか、と疑問に思われるかもしれないがそこは流してもらうしかない。
ポーチの中に手を入れていると、犯人の一人に「何をしている!」と怒鳴られた。
「その中に何が入っている?まさか携帯やタブレットとか持ってるんじゃないだろうな?」
「さっき携帯を集めてるとき、何も入ってないことは確認したでしょ」
「ああ、確かにそうだが、生意気に口答えするな」
そう言ったかと思うとポーチをひっくり返し、中身が全部床に散らばった。
餅も一つ出したところだ。一緒に床に転がってしまった。
「なんだこのでかい消しゴムは」
餅を消しゴムと思ったらしい。なんとか事なきを得た。
散らばった物をポーチに片付けることは、特に咎められはしなかった。
さっとポーチの中で再び四角を描き、餅がもう一つ追加された。
ここで中身を確認されるとまずい。
「ほら、おとなしくしといたほうがいいって。歯向かうとケガしちゃうよ。ううん、ケガどころじゃすまないかも」
そんな風に心配してくれるのはうれしいのだが、ここは引き下がれない。かっこつけて笑顔で
「大丈夫だって」
とウインクしてみた。
「……ひきつってるけど?そのまばたきも、なんか変」
顔を赤くしながらうつむく。失敗した。かっこつけたかったのに。
ともかく、今は犯人を撃退する方法を考えよう。
とりあえずの準備はできた。
ここから作戦開始だ。
とりあえず、手前の犯人二人をどうにかしよう。
独りずつやっつけたい。
金属バットを持った犯人が、人質の周囲をウロウロしている。見張り役だろう。銃を持たせてもらえないってことは、雑魚に違いない。
もう一人はちょっと奥の方で銀行員を見張っている。
行ったり来たりしてる雑魚犯人の足元付近で小さな丸を描く。
柔らかい餅が出来た。
一歩一歩、餅から遠ざかり、そして折り返し、一歩一歩餅に近づいてくる。
あと少し。やった!
「誰だ?こんなところにガムを捨てたやつは!」
うまく柔らかい餅を踏んだ犯人。
ガムよりもくっつく力が強い餅。そのまま歩くことができず、バランスを崩して犯人が一人すっころんだ。
「いてて」
「おい!何やってんだよ!」
もう一人の犯人が遠くから怒鳴る声が聞こえる。
「いや、足に何か……ウグッ」
咄嗟に倒れた犯人の口をふさいだ。餅だと気づかれたら後々やりにくくなる気がしたからだ。
左手で口をふさいだまま、右手で床に丸を描く。できた餅で顔全体を覆う。これで喋れないし目も見えない。
「ねぇ、これって息できるの?」
いつの間にか由佳ちゃんが隣に来ていた。ビックリを隠せない。
「息できないと、死んじゃうわよ。それじゃ、伸琉くんが殺人犯になっちゃう」
あぁ、確かに。でも正当防衛だし、俺まだ未成年だし、こんな銀行強盗犯なんか死んじゃってもいいとは思ったが、由佳ちゃんに嫌われたくはない。
「じゃあ……どうしよ」
「鼻の部分だけあけてあげようよ」
そう言って、顔の真ん中の餅を指でちぎって穴をあける。
「ねぇ、これってお餅だよね」
うーん、さすが由佳ちゃん、鋭い!
「う、うん。そだね」
答えに困りつつも相槌をうった。
その時、犯人の手が由佳ちゃんの腕を掴んだ。
「離せー!!」
俺はもう一人の犯人に聞こえないように小声で叫びながら、犯人の指を一つずつ由佳ちゃんの腕から剥がした。
金属バットは転んだ拍子に手から飛び出して、由佳ちゃんの足元に転がっていた。
「ねぇ、お餅ってまだあるの?やわらかいの」
「うん、あるけど」と答えながら、由佳ちゃんの死角になる場所で小さな円を描く。
「はい」と出来立ての餅を手渡す。
「あぁ、これだけか。まぁ仕方ないか。伸ばせば大丈夫かな」
この雑魚犯人が持っていた金属バットを餅の上にのせ、ゴロゴロと両手でバットを前後に転がして、餅を伸ばし始めた。
犯人は顔に張られた餅を両手で取り除こうともがいている。
餅が人の顔ほどの大きさに伸びたところで、由佳ちゃんはその上からさらに餅を被せた。おかげで犯人の両手は顔に固定されて動かせない。
銀行員の方に注意を払っていたもう一人の犯人が、こちらの異変に気付く。
「おい、なんかあったのか?」
異変に気付いたもう一人の犯人が近づいてくる。
よし、今だ!
固い餅を犯人の頭目掛けて投げつける。うまく当たれば気絶するはずだ。
が、そう上手くはいかなかった。
投げた餅は犯人の頭上を通りすぎ、向こうの壁に当たって床に落ちた。
「おい!誰だ!なんか投げただろ!」
怒鳴りながら足早に近づいてくる。
マズイ!高校生相手の時はうまくいったのに。基本的に体育は得意ではないので、高校生に投げた時はまぐれだったのだろう。迂闊だった。
ちょっと作戦変更。
急遽、柔らかい餅を棒状に伸ばすと、その両側の先端に固い餅をくっつける。
「何作ってるの?っていうか、まだお餅持ってたの?」
「あ、うん、えっと、これはボーラみたいなもの。これを投げると二つの錘で回転しながら飛んでいって、腕や足に巻き付けて動きを封じるんだ」
「へぇ、なるほど。でも、それじゃ……」
言うのを待たずに、犯人の脚に向かって投げつけた。固い餅が錘になって、くるくると柔らかい餅が巻き付いてくれるはず。
「紐状の餅の強度が弱いんじゃ……」
「え?」
回転しながら餅製ボーラは飛んでいき、見事犯人の脚に当たり、錘の餅が脚を軸に回ったかと思ったら、紐状の餅が錘の影響で伸びていき、さらにはそれに耐えきれず千切れてしまった。固い錘餅はあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。
「ほらね」
ただ、紐状の餅は両脚に当たってくっついているため、多少の時間稼ぎにはなる。だが、一分も持たないだろう。次の手は……。
ペンで床に大きく、直径約二メートル程の円を途中まで描いた。あと少し、犯人が入ってきたときにこの円を閉じればいい。
犯人は脚に付いた餅を取り除きながら、怒った様子で歩いてきた。
もう少し。
あと少し。
一歩、円の中に足を踏み入れた。まだだ。
そしてもう片方の足も円の中に。今だ!
手前にある線の端と線の端をつなぐ。
だが何も起きない。餅が出てこない。
何故だ。
犯人はもう目の前まで近づいてきている。ヤバい!
よく見ると、犯人の向こう側で線が繋がっていない部分があるのを見つけた。
大きく円を描くときに、線が切れてしまっていたのだろう。
線を繋ぎに行かなきゃ。
犯人の手が伸びてくる。その手が向かう先は、由佳ちゃんの方だ。
由佳ちゃんはまだ金属バットを持っていた。
ごめん、由佳ちゃん、ちょっとだけ時間稼いで!心の中で叫んでいたが、由佳ちゃんに届いただろうか。
犯人は由佳ちゃんの手から金属バットを奪い取り、そのバットの先を由佳ちゃんの顎に向けて突き出した。
「おい、このバットを持ってた奴はどこだ」
俺はすかさず走り出し、滑り込みざまに切れていた線を繋ぐ。
犯人が由佳ちゃん目掛けてバットを振り上げたとき、犯人の足元に直径二メートル近い柔らかい餅が突如現れ、犯人の両足が固定される。
バランスを崩し、後ろへ倒れる。倒れたところも当然お餅。
餅で溺れている犯人。それをさらに、布団たたむように四方からお餅をたたみ、くるんだ。もうバタバタを四肢を動かすこともできなくなった。
これも、鼻の部分だけは穴をあけ、窒息しないように気を配った。
よいこは真似しないように。食べ物を粗末にしてはいけません。ましてや餅で人を縛ったり顔を覆ったりしてはいけません。
ともかく、これで二人片付いた。
「ねぇ、さっきの何?お餅って、どこから出てくるの?」
さすがの由佳ちゃんも疑い始めたようだ。マジックだとでも言っておこうか、とも考えたが、由佳ちゃんなら、秘密を守ってくれるかもしれない。正直に話してみようか。
「秘密は守れる?」と確認したうえで、自分の能力について話してみた。
「ほんとに?凄いじゃない!お餅に困らないね」
どこかで聞いたようなセリフだ。
そういう反応が普通なのか?いや、この方々がおかしいのだろう。
由佳ちゃんはそう言ったかと思うと、急に曇った顔をして
「でも……伸琉くんは、私の敵だね」
俺は耳を疑った。
小説を書くのは慣れていないので、読みにくい点多数あると思いますが、ご容赦ください。
読んでくださり感謝しかありません。
次話で完結の予定です。