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俺は絵を描くのが苦手だ。というか嫌いだ。
美術の教科で、絵を描くことが分かっている場合は体調不良を訴えて保健室に避難する。
そんなときは絵を描くのも宿題になる。後日提出だ。小学生の妹に代わりに描いてもらって提出する。よいこはまねをしないように。俺にはちゃんとした理由があるのだ。
数学の時間も危険だ。図形を描いて答えを導き出す問題とか出てきた日には、その問題は捨てるしかない。
いつのころからか、絵を描くと、それが餅になってしまうのだ。
画用紙に四角を描いた。
すると、すぅーっと手前に薄黒く影が浮かび上がる。
いつのまにか、立体になっていた。
その立体を取り上げる。白くて硬い。
そのときは気が付かなかった。
一週間後、その立体の一部に緑色の斑点が現れた。
擦ると取れる。
もしや?と思い、白い物体を焼いてみた。
数分後、焦げ目をつけながら膨らんできた。そのうち膨らみが割れ、その割れ目から白くてやらかい物が飛び出す。箸でつまみ上げると、びよーんと伸びる。
まさしく、餅だ。
擦ると取れる緑の斑点は、どうやらカビのようだ。
焼いたものを、試しに一口食べてみる。
大丈夫そうだ。砂糖醤油が欲しくなった。
画用紙に丸を描いた。
すると、すぅーっと手前に薄黒く影が浮かび上がる。
いつの間にか立体になっていた。
その立体は、白くてやわらかい。
手に取ると伸びる。搗き立ての餅みたいだ。
食べてみる。大丈夫そうだ。あんこが欲しくなった。
いろいろ試した結果、線を閉じると餅になってしまうようだ。少し隙間をあければ餅にならない。
それと、描いた絵、というか図形に、角があると固い餅になり、角が無ければ柔らかい餅になる。
餅が出来ても、描いた絵が消えるわけではない。何色で書いたとしても出来る餅は白い。絵が小さければ餅の厚さも薄くなる。長方形を描けば、短い辺と同じくらいの厚さの餅が出来るが、どんなに大きくても、最大の厚さは一センチメートル程度に留まる。
そして、勘のいい方は既にわかっているだろうが、文字を書くのも苦労している。
数字を書くときは0、4、6、9はわざと隙間をあけて書くようにしている。8だけは、普通に書くとどうしても閉じられた部分ができるので、オリジナルの書き方をしている。最初は丸を二つくっつけたような形にしていたが、いろいろ試した結果、線が交差する手前で止める感じで落ち着いた。アルファベットのエスに見えなくもないため、書き始めも少しずらして、なんとか八に見えるようにしている。
アルファベットについては、どれも隙間を作っても違和感がないので大丈夫だ。ただし、筆記体は使わない。
厄介なのが、平仮名と漢字だ。漢字については、隙間をあけても読める感じになるが、気を抜くと大量に餅ができてしまう。以前、「用事」と普通に書いてしまって、八個の小さい餅ができてしまった。囲まれた部分が小さいので、できる餅も小さいのが救いだ。消しゴムのカスのように手でパッパッと払って何事もなかったかのような顔でごまかした。それでもどうしても囲まれてしまう部分ができる漢字があって、「口」とか「田」などは、隙間をあけることができるのだが、「井」「書」「事」など、突き通す線で囲まれる部分がある漢字は、隙間をあけることができないので、どうしても角餅ができてしまう。だから、あえて仮名を使ってごまかす時もある。
平仮名についてはどうしようもない文字が多い。「あ」「め」は二つできるし、「ぬ」に至っては三つもできてしまう。なので、平仮名は嫌いだ。できるだけカタカナで代用することにしている。
そんなことに気を使いながら文字を書くので、ほかの人に比べて書く速度が極めて遅い。
そんな俺を学級委員の書記に推薦するバカどもがいて、全力で断った。書くのが遅いから、ゆっくり丁寧に奇麗な字で書いていると勘違いしたらしい。
もうこのようなことが起こらないよう必死で考えた結果、自分が会長をやれば、書記を自分で任命し、書く作業をすべて書記に任せればいいんだ、と気が付いて、積極的に会長に立候補するようになった。おかげで内申点も上がったようだ。ただし保健室に行く回数も多いので相殺されているのかもしれないが。
いろいろ制限があるおかげで、成績は良くない。だが、決して頭が悪いわけではない。試験の点数がいいことと、頭がいいことは、必ずしもイコールにならないのだ。
何か閉じられた図を描くと餅になってしまう。
そんな特殊能力を持っている俺。
他人に知られるとどこかに連れていかれて研究対象になってしまうから、秘密にしておいた方がいいらしい。
マンガで得た教訓だ。
だから秘密にしておかなければならない。知っているのは母親と妹だけだ。授業で絵を描くことがあるときは積極的に仮病で保健室に行った。学校の教師に事情を説明できない。秘密なのだから。
こんな役に立たない能力は、面倒なだけだ。
母親に知られたのは、二つ下の妹のミノリのせいだ。俺が大量に餅を生産してしまったとき、当時ミノリはまだ保育園児だったが、その餅を母親のところに持っていき、「お汁粉作って」と言ったのだ。この餅どうしたの?って、そりゃあ聞くよね。ミノリも素直に俺が持ってたと言ったらしい。そうなると、母親による事情聴取が始まる。
一応母親に説明すると、
「じゃあ、お餅には困らないわね」
と機嫌よさそうに台所に戻っていった。
それからというもの、毎年正月は、母親からの命令で丸や四角を書いて餅づくり。丸い柔らかい餅も、時間が経てば固くなる。鏡餅にできるらしい。
今でも母親の言葉が耳に残っている。
「お餅には困らないわね」
いや、こっちはめちゃくちゃ困ってますけど。
ある日、下校の時、不良に絡まれた。相手は高校生だ。しかも二人。
「何見てんだよ!」
いや、道の真ん中を横に並んで歩いていてみんなの迷惑だから、もうちょっと隅の方を歩けばいいのに、と思っていただけなんだが。
と言い訳に窮しているうちに、突き飛ばされて尻もちをついた。
尻もち!!
ちょうど手元に石が転がっている。手に取って地面を擦ると白く線が引けた。
さっと線を四角につなげる。すると、手に収まるくらいの白い餅が現れた。アスファルトに描いても餅ができるようだ。
相手が殴り掛かってきたとき、その餅で塞いでみる。拳はちょうど硬い餅にヒット。
痛がってひるんだ時、その餅を投げつける。
よいこは真似しないように。食べ物を粗末にしてはいけません。
投げた餅は高校生の頭に当たった。その隙に逃げて隠れた。この時初めて、自分の能力に感謝した。
まずは、見つけていただきありがとうございます。
そして読んでいただき、さらにありがとうございます。
長く続くわけではありませんが、続きを読んでいただけると幸いです。
今後ともよろしくお願いします。