アチラのお医者さんと光るトカゲ8
「……そりぁあぶない目にあいましたね。いやあ、ヨシノさんがなんとなく気になるというから見に行ってもらったんですけど、よかった。ありがとう、ヨシノさん」
「いえ、なにごとも無くてよかったです」
「ほんとうにありがとうございました」
ぼくがペコンとあたまを下げると
「そんな気にするようなことではありません。ながく生きているものがまだ年若いものを守るのは当然の責務です。――こわかったでしょう?甘酒があるからお飲みなさい。こういう時はあたたかくて甘い飲み物がおちついてよいから」
さっきまで大男の頭にかぶりついてたなんて信じられないくらいひかえめな態度で、ヨシノさんは給仕をしてくれる。
もう首と胴体はきっちりと引っ付いて、つなぎ目も見えない。
ぼくはいれてもらった熱い甘酒をすすりながら先生に聞いた。
「――いったい、あの乱暴な男の人はなんなんですか?」
「そりぁ、鬼です。ツノがあったでしょ?
彼らのように二本ツノがあるタイプのウシオニはそのツノのあいだのところが急所なんです。そのことをヨシノさんに言っておいたのがよかった。
……それよりやはりあのウシオニはだれかから、この診療所に人間の少年がジェームス君を連れてきたのを聞いていたのですね。これは問題です」
先生はすこし考えると
「……申し訳ありませんが藤川さん、わたしは今から往診に行くのですが、ごいっしょに来ていただくわけにはいきませんか?」
と、ぼくに言った。
「先生、だいじょうぶですか?」
ヨシノさんが心配そうに言うと
「なぁに。いくらオニでも、わたしがついているのに手を出すような、そんなバカなことはしないでしょう」
その言葉にぼくは、ハッとなった。
そうか、助手のヨシノさんでもあんなすごいワザを持っているんだから、のんのん先生はそれよりもっとすごいワザを持っているにちがいない。
こんなまっ黄ぃ黄ぃの髪なんだから、カミナリみたいな一千万ボルトの電気ぐらい放つのかもしれない。
それに確かにさっきはこわかったけど、ぼくはいったいジェームスに何があって、この先どうなるのか知りたくてしょうがなくなってたんだ。
「はい、行きます。つれてってください」
のんのん先生とぼくは、かむの川ぞいを歩いていった。
先生は白衣をぬいで赤白のボーダーシャツにジーパンの格好。金髪だし目立つ。
「やあ、気候も良くなりましたね。ここのところ診療所につめていたんで気持ちがいいです。花もきれいです。藤川さんはまだかむのに来て、間がないんでしたね」
「はい」
「いろいろなところがありますからぜひ紹介してまわってあげたいですね。特にあなたの場合、それが必要となるでしょうから」
よく意味が分からなかったけど、なんとなくテキトウにうなずいているうちに川ぞいの公園についた。
桜の花がもうだいぶん咲いていて、とてもきれいだ。
見るとその中でも大きい木の下に、きのう診療所の待合室で会ったおじいさんが杖をついて、ぽつねんと立っていた。
「やあ、ハクオウじいさん。ひさしぶりですね」
「うん……?ああ、のんのん先生かね。ひさしぶりだね、会ったのは去年の冬以来かい?」
「そうですね、それぐらいになる。どうですか、神経痛の具合は?」
「うん?まあ、ぼちぼちってところかな。なにせ年だからなあ、方々にガタがきても仕方ないんだが、今年も春が来たからな、まあこうやってがんばっとるんだわ」
そうやって桜を見上げた。
「今年もきれいに咲いてるじゃないですか」
「まあ、なんとかな。でももう、そろそろ寿命だわ。すっかり弱っちまって、虫とかの害にも耐えられんようなってきた。来年はどうなるかわからんよ」
「そんなこと言わずにまた来年もがんばってくださいよ。お薬持ってきましたから」
「ああ、ありがとう。なんも言っとらんのに年寄りに気を使ってもらって」
そして先生のそばに立っているぼくを見ると
「なんだい、この子?わしのことが見えとるようじゃないか」
なんだ、このおじいさん?きのうおしゃべりしたばっかりなのに、もうぼくのことわかんないのか。
ボケちゃってるの?
「おぼえがありませんか、彼に?」
「うん?いや、ないな。まあ最近は物おぼえが悪くなったから、会っとっても自信がないが……」
「そうですか……。いや、ならいいんです。またわるいところでもあったら診療所にいらしてください」
「ああ、ありがとうよ。先生」
おじいさんはまた桜の木を見上げた。
その立ちすがた自体がまるで一本の木のように見えた。
先生とぼくは公園をはなれた。