アチラのお医者さんと猫の王9
その空き家のまんなか、くずれた木材の上に、毛がボロボロのまだら黒猫が一匹横たわっていた。
セバスチャン猫にくらべるとからだは小さいが、独特の貫禄を持っており、まるで牢名主みたいだった。
その猫はうっすら右目(左目はつぶれているのか閉じている)を開けると
「……よう、のんのん。ひさしぶりだな。なにか用か?」
ことばをしゃべった。ということは、彼もふつうの猫ではないのだ。
「ええ。ちょっとお耳に入れておきたいことがありましてね。あなたには耳が痛いことかもしれませんが」
先生はめずらしく最初から強気だ。
診療所を荒らされて怒っているのかもしれない。
そのハインリッヒという野良猫は、すこし耳をたてると、ぼくを見て
「ふうん……。なんだ、その子がうわさのおまえの新しい助手か?こんなところまでつれてきて、なにか?おれへのささげものか?」
「いえ、食べさせませんよ」
――もおっ。あきあきするよ、このくだり。
「今晩、新しい『猫の王』を選ぶ集会がありますね」
先生の問いに、
ハインリッヒはあくびをしながら
「……らしいな。オレの知ったことじゃねえが」
しらじらしい。野良猫を送りこんだくせに。
「おまえがアチラモノのイベントに自分から口を出すなんざ、めずらしいな。直接の患者以外、やっかいごとには関わらない方針だったろう?」
「今でもそのつもりなんですが。やっかいごとの方から来られては、関わらざるを得ないものでしてね。
先ほど、うちの診療所に、伯爵が先代『猫の王』の子だという若猫をつれてお見えになりました」
親分猫は「『猫の王』の子」ということばにヒゲをぴくっとさせ
「……ほう。貴族どもがどっかからか図体のでかい猫をつれてきたとは聞いていたが……じゃあ、そいつを次の王にする気か……ふうん」
すこし考えると、つづけて
「しかし、うまくいくかねえ」
口をニイッと曲げるようにしてわらった。
いやなわらいだ。
「あなたは、王制に不満があるんでしたね?」
先生の問いにも、
鼻でわらうように
「ふん。不満ってことはねえ。そんな飼い猫どもがかってに決めたもの、おれたち野良には関係ねえ、ってだけだ」




