アチラのお医者さんと光るトカゲ6
「こどもになんて口をきくの!承知しないわよ!」
ヨシノさんが追いかけて、背中に向かってほえた。青白い顔をして、意外とはげしい気性の女の人だ。
「……やあ、これは藤川さん。すいませんね、びっくりしたでしょう?不快な思いをさせて申し訳ない」
奥から白衣すがたののんのん先生が出てきて、ぼくにすまなさそうに頭を下げた。
「どうぞ入ってください。トカゲくんの様子を見に来たんでしょう?」
ぼくはすすめられるまま患者用の丸イスに腰かけた。先生は書きもの机の前に座った。
「……いやあ、なかなかどうもムズかしいことにあなたはかかわったようですね。予想外でした」
「ぼく?ぼくがなんの関係があるんですか?」
「いまの男はあなたが連れてきたハネツキギンイロトカゲをよこせと言って、この診療所におどしをかけに来たんです」
ぼくはびっくりした。
「まさか!さっきの人があの子の飼い主かなにかですか?」
「そうは思いませんね。彼は人なつっこいですけど野生です。飼い主なんていませんよ。
もともとハネツキギンイロトカゲはアチラでも奥深くに住んでいて、他のモノとも交わっては暮らしません。特にこんな人間の生活と重なり合うような地域にはすがたを見せたりしないモノです。アチラはアチラでたしかに危険が多いですが、コチラだって充分あぶない。人間世界になじんでいないアチラモノにとっては生きにくい世界です」
「じゃあ、いったいなんでこの子はコチラに出てきたのでしょう?」
「わかりませんねぇ、それは。しかしこの子にこんなケガをさせたのはさっきの乱暴者か、その知り合いであることはまちがいないでしょう」
なんてひどい奴だ!こんなちっこい子を。
「それで?あの子はどうなったんです?まさか渡しちゃったんですか?」
「いえ。もちろんそんなことはしませんよ。そんなトカゲはいない、とつっぱねてやりました。患者様の個人情報を教えるわけがありません。まがりなりにもここは医療機関ですからね。……ほら、ここにこうして」
先生は棚の引き出しの一つを開けると、トカゲがちょろっと顔を出した。
「この簡易宿泊棚も古いから、おしゃれな透明キャビネットにでも買い替えようかと思っていたんですけど、こういうことがあるならやっぱり中が見えない方がいいですねえ」
トカゲはぼくを見ると、うれしそうにシッポをふって飛んできた。
「こらこら、まだ飛ぶには早い。傷が広がるじゃないですか。医者の言うことにはしたがいなさい」
ぼくが手のひらを開くと、そこにちょこんと乗って見つめてくる。
「……この子に、名前はあるんでしょうか?」
「どうでしょう?同じ仲間のトカゲ同士で呼びあうときの名前はあるかもしれませんが、それはわたしたちには聞き取ることのできないものでしょうね」
ぼくはトカゲをじっと見たあと、おもいきって先生に言ってみた。
「――ぼくがこの子になにか名前を付けてあげてもいいでしょうか?」
「それはわたしに聞くことではありませんね。彼の許可がいることです。あなたが名前をつけるとして、それを彼自身が受け入れるかどうかでしょうね。なにかいい名前があるのなら、ためしに呼んでみてあげたらどうですか?」
ぼくは実は昨日、寝ながらこの子の名前をずっと考えてたんだ。
そして、ぴったりのを見つけていた。
ぼくは手のひらの子に「ジェームス」ってささやいてみた。
そしたらトカゲはシッポをふるわせ、炎を花火のように出した。
「どうやらお気に召したようですね」
ぼくはジェームスをなでながら、先生に聞いた。
「なんでさっきの人はジェームスを探しに来たのでしょう?」
「さてねえ。ハネツキギンイロトカゲはアチラでも別にめずらしい種類というわけでもありませんしねえ。確かに数自体は少ないですけど、食べたからといって、なにかいちじるしい薬効があるわけでもないしね。ほかの、例えばグリフィン型のオオトラトカゲならペットとしての愛好者もいるでしょうけど、ふつうハネツキギンイロトカゲは売り物としての価値はありません。いったいなにがねらいでしょうか?
それに、この診療所に彼がいることをどうやって知ったのかも謎です。我々は患者情報を外にはもらしませんし。……あなたは彼のことをだれかに話しましたか?」
「いいえ。だれにも。……あっ、ここの待合室で会ったおじいさんにはちょっと話しましたけど」
「ハクオウじいさんですか?あの人はうちの長い患者さんですけどね。なんの害もない好人物ですよ」
「そうですか」
ぼくが失礼なことを言っちゃったかと少し下を向くと、先生は気を取りなすように
「まあ細かい事情についてはおいおい分かることでしょう。……ところでどうです、ごいっしょに。わたしは今からおそい朝食をとるのですが、なにか召し上がりませんか?」
「ありがとうございます。でも家でおにぎりを食べてきたばっかりだから……。それにいまから昨日落としたキーホルダーを探しに図書館の方に行ってこなきゃいけないんです」
「そうですか、それは残念。じゃあ気を付けて行ってらしてください」
ぼくはジェームスを棚のなかにもどすと(そのときこの子はちょっとさびしげな声を出したよ。鈴みたいな。かわいいやつだ)先生とヨシノさんにお別れを言って診療所を出た。
ドアを閉めるときにヨシノさんの「だいじょうぶでしょうか?」という声が聞こえたけど、なんのことだろう。