アチラのお医者さんとブリキのお城12
「いや、たすかりました、ホウイチくん。おかげで彼のおどしに屈せずにすんだ」
「先生、あのリスさんを止めることはできないんですか?」
「う――ん、わたしには無理ですね。あれが彼の生き方です。アチラモノに生き方を強制することはだれにもできません。どんなにおかしいように見えてもね」
「先生は気にならないんですか?」
「そうですね。気になると言えばなりますが、長年アチラの医者をしていますと感覚がマヒしてしまってね……。
なにせ、今治療に来たと思った患者さんが、外に出たとたん、ほかの患者さんにパクリと食べられてしまうこともふつうにありますから。
いちいち気にしては、やっていけなくなってしまいました。ただ、目先でできることをしているだけです。――こう見えて、わたしはけっこう冷たいんですよ」
先生は自分をあざけるようにわらった。
その言いかたに、ぼくは思わず怒った。
「のんのん先生が冷たいはずなんてないよ!だって先生がいなかったら、ぼくもジェームスもどうなってたかわからない。そんなこと聞いたら、ヨシノさんだってぜったい怒ります!」
先生はぼくの剣幕に、いっしゅん目を丸くしたが、しばらくすると
「――そうですか?……いや、すいませんでした。そう言ってもらうとたすかります。こんな商売をしていると気が滅入ることもあるんですよ」
ほほえむと、空気を変えるように時計を見て
「さあ。そろそろヨシノさんが帰ってくるころです。――今日アヤツリツカイが来たことはヨシノさんにないしょでお願いしますよ」
「言ってないんですか?」
「アヤツリツカイのことを知ったら、彼女はその……心配しますから」
そうか。それでのんのん先生はヨシノさんとシロタヌキを温泉にやったのか。たしかに先生をおどすものがいたりしたら、ヨシノさんはだまっていないだろう。
「――ほら!まっすぐ歩きなさい」
外から、よくひびく声がする。ヨシノさんだ。シロタヌキに指示をあたえてるらしい。
その声にぼくは
「じゃあ帰ります」
「えっ?どうして?たぶんおみやげだってありますよ」
脳天気に言う先生に、
てきとうにハハハとわらいながら、あわてて診察室を出た。
ぼくは先生のこと尊敬してるけど、自分のことを判断する目はくもってると思ってる。
だって、留守のあいだに部屋の中をこんなぐちゃぐちゃに荒れた状態にしたら、ヨシノさんがどうなるかわかりそうなものなのに、その危機感がまるでない。
壁に大きな穴まであけてるっていうのに、まるで見通しがあまいんだから。――ほら、ジェームスだって危険を感じてボクについて避難する気だよ。
外に出たら、むかしの映画女優さんみたいにつばの広い帽子をかぶったヨシノさんが片方の手にはスーツ・ケースを、もう片方の手には呆けたシロタヌキをひきつれて立っていた。
「あら、ホウイチくんいらっしゃい。ちょっと温泉に行ってきたんだけど、たいへんだったわ、シロタヌキがぐずって。――診療所にかわりはないかしら?」
「えっ?ああ……どうでしょう?先生は中にいますよ」
「あら、そう。温泉まんじゅうを買ってきたからあなたもお茶でもいかが?」
「い、いえ。ぼくちょっと用事がありますから」
と、ぼくはヨシノさんのわきをすりぬけると、ジェームスを抱いて走った。
そのすぐあと、診療所の中からヨシノさんのけたたましい絶叫が聞こえてきた。
たぶん数日間は、のんのん先生は生きた心地がしないはずだ。
「しかたないね。ちょっとの間、ぼくん家にとまるかい?ジェームス」
「きゅうぅぅん」
ぼくの手首に身をからませると、トモダチのハネツキギンイロトカゲは、かあいらしい声を上げた。




