アチラのお医者さんとブリキのお城11
そういえば前、そんなことを先生も言っていたな。
「ルールというものが、あってないようなもの」
だって。
「なにより、あなたにはご不満かもしれないが、ボクはこのようにしか生きることができないんですよ。なにせこのアチラの世界と言うのはかなりきびしい世界ですからね。ボクのようなちっぽけなリスが一匹で生きていくのはたいへんなのです。生きていくためにしていることで文句を言われるルールはアチラにはないのです。そのことを先生はよくご存じだから、よけいなことは何もおっしゃらないのです」
のんのん先生はアヤツリツカイの言い分をただだまって聞いていて、なにも言わない。
そういえば先生は今回の件でリスを必要以上に責めたり、なじったりなんて一度もしていない。リスを改心させようとかそんな気はみじんもなく、ただぼくへのおどしが無くなったというだけで、よしとしているようだった。
どうやら、ぼくの言っていることはアチラの世界ではまるで通じない、とんちんかんな意見だったらしい。
なんだか自分がとてもおろかものであるかのような気がして、しょげていると、ジェームスがすりよってきてなだめてくれた。
「ありがとう、ジェームス」
そのようすを見て、アヤツリツカイは目を細めた。
「ほう。そのハネツキギンイロトカゲはあなたに名をもらったのですね?それはすばらしい――どうぞ、そのかたを大事にしてあげてください。サカイモノとそのようにまじわることができるアチラモノはしあわせですが、苦労も多いのです」
そのしんみりとした口調に、ぼくはハッとした。
「もしかして、あなたの友人って……」
「ええ、サカイモノでした。この千代袋は、彼がボクのためにつくってくれたエサ入れです。彼はいつもポケットにこれを持ちはこんでは、好きなときにボクに木の実をくれていました。
すぐれた術者でもあった彼と過ごした年月で、ボクはさまざまなことを教わりました。ボクが今こうしてきびしいアチラの世界でただ一匹、どうにか生きていられるのはすべてその友のおかげです……あなたがたを見ていると、はるかむかしのそのなつかしい時代を思い出しました。いや、ありがとう」
感傷的になったと見えたリスは、しかし次の瞬間にはもうそんな気分をふりはらったらしい。のんのん先生に向きなおると
「――では先生、ボクはこれで失礼いたします。またお手合わせすることもあるでしょうが、そのときはよろしく」
と、冷酷なアチラモノ・アヤツリツカイの顔にもどった。
「そんなものは、もうごめんこうむりたいですね」
という先生のぶすっとした顔に、
チルルルルとわらうと男、いや人形を再起動させてその肩に乗り、診療所をあとにした。
ふたりで帰るように見えるけど、ほんとうはひとりぼっちなんだ、とわかると、そのつれだったすがたはむしろさびしいものに思えた。




