アチラのお医者さんとプロレスリング16
どういうこと? 勝たせることが、ドンキーマンへの仕返しになるの?
「もともと、この試合はアヌビスマンが勝つものです。現在の実力でいえば当然でしょう」
……当然かな?ドンキー・ファンとしては、なんか納得いかないけど。
「ドンキーマンは、人間としての自由を求めてファントムを辞めますが、けっしてプロレスをきらいになったわけではありません。それどころか、彼は自分が長年所属したこの団体をとても愛しています。自分がいなくなっても後輩が興行を引き継ぎ大きくしていくことを心から願っています。
それがどうでしょう?アヌビスマン……団体の現トップが、去りぎわのレスラーにあのようになす術もなく打ちのめされては、ファントムそのものの威信が傷つきます。見てください、このお客さんたちのがっかりした顔を」
そうだ。ふつうのファントム・ファンは(ぼくとちがって)強いチャンピオン・アヌビスマンの勇姿を観に来ているのだ。
「なんだよ、しょっぱい試合しやがって」
「あんな年寄にやられるなんて、八百長でもありえないぜ」
失望と疑念が会場にうずまくなか、リング上では、アヌビスマンがドンキーマンに一方的な張り手を喰らっている。まるで、公開処刑だ。
「このままドンキーマンが勝つと、アヌビスマンの評価はガタ落ちです。看板選手がそれでは、今後のファントム興行……客の入りにも響くでしょう」
「どうにかならないの?」
ぼくの問いに、先生は首をふって
「レスラーは、ブックにはさからえません。おそらく、彼らファントムのレスラーにとってブックやぶりは死を意味します」
ため息をついて
「急遽アヌビスマンとの試合を組むと言うから、わたしはてっきり、彼にドンキーマンをボコボコにさせる気かと心配していました。しかし、レディ・ミツコの考えはそんなあまいものではありませんでしたね。まさか、ドンキー自身にファントムの息の根を止めさせようとは、おそるべき邪智です。自分の復讐のためなら会社をつぶしてもよいとは」
ドンキーマンが、リングサイドに追いこんだアヌビスマンの顔面を強打しながら、外に向かってさけぶ。
「ミツコ!そこまでするか!?」
それに対し、悪辣な女性は鼻を鳴らして
「ふん、あたしに逆らった代償さ!そのまま弟分を自分の手でぶち殺してまいな!」
冷酷な命令を飛ばす。
「そ、そんな……しゃ、社長……」
アヌビスマンは血まみれになりながら、絶望のまなざしを兄貴分にむける。
「ドンキー……兄貴、たすけてくれ」




