アチラのお医者さんとプロレスリング12
次の日、ファントム主催「真夏の昼の夢 in かむの」大会が開かれるかむの市民ホールに、ジェームスとぼく、のんのん先生は向かった。
ぼくのリクエストで、市民ホールには早めに入った。ドンキーマンが出場するのは中ごろだから「ゆっくり行ってもいいですよ」と先生に言われたけど、はじめてのプロレス観戦に、そんなもったいないことはできない。第一試合からじっくり観るつもりだった。
ほんとうはヨウコちゃんにも「いっしょに(観戦)どう?」と声をかけたんだけど、断られちゃった。「あたし、血を見るのはきらい」だってさ。ふだん刀を振り回してる子に言われるのは意外だったけど、どうもやるのと見るのはちがうらしい。
会場は混雑していた。
熱心なファンもいるみたいだけど、いったいこのお客さんのうちどれだけが、ファントムが人ならざるものの集まりだと知っているのだろうか?ふつうの地方プロレスだと思っているんだろうな。
見ると、ロビーに貼りだされた紙の前で人がたむろしている。なんだろうと近づくと
「……おい。メイン・マッチの差し替えだとよ」
「ほんとだ。アヌビスマンとドンキーマンがやるのか……なに!?ドンキー、きょうで引退するんだとよ!」
「マジか!?急だな。それで急遽アヌビスとやるのか……長くつとめた論功行賞だな。最後に、バリバリのエースとメインを張らせるなんて」
たしかに、ポスターに手書きで大きく「ドンキーマン引退試合」の文字が書き加えられてある。
ぼくらは顔を見合わせて
「先生……」
「ええ。どうやら、レディ・ミツコは彼の引退を承諾したようですね」
「メイン・マッチだって!よかったですね」
ぼくがよろこぶと
「……そうですね。彼女が素直にドンキーの引退を受け入れる気になったのなら、それが一番よいことです。来たのは、いらぬ心配でしたかね?」
言いながらも、釈然としない表情をうかべる。
「じゃあ、このあとは……」
「まあチケットはすでに買いましたし、われわれも彼の引退試合を見届けてあげましょう」
よかった、もう帰るとか言わなくて。――ふふふ。先生がいらぬ心配をしてくれたおかげで、ぼくはナマのプロレスを観戦することができるよ。
物販コーナーでは、いろんなファントム関連のグッズが売っていた。
それらをそぞろ見ていると、あんまり物欲しげな顔をしてたのかな?のんのん先生が、なにも言わずにドンキーマンのロゴが入ったTシャツとタオルを買ってくれた。
「いいんですか?」
つれてきてもらったうえにグッズまで。
「ええ。せっかくだから応援をしてあげましょう」
フードとドリンクも買いこんで、リングが設置された大ホールに入る。
先生が取ってくれたのは、前から2列目のよい席だ。はじめてナマで見るプロレスのリングはとても大きくて、高い。今からこの上で熱戦がくり広げられるのだと思うと、興奮してくる。
しばらく焼きそばとかを食べて待っていると、にわかに照明が落ち、レーザー・ライトが激しい音楽に合わせて点滅しはじめた。
ついに、ファントム主催「真夏の昼の夢 in かむの」大会のはじまりだ。




