アチラのお医者さんとプロレスリング9
「そのあとは、時勢によって仕事の内容が変わっていった。曲馬団員として、鎖を引きちぎる芸を見せていたこともある。
ファントムとしてプロレス興行をするようになったのは、戦後になってからだ。初めは慣れない仕事に戸惑ったが、トレーニングしてなんとかな……多くの試合をこなしたもんよ」
ドンキーマンは、けっして華やかなレスラーではない。レスリングの経験などなかったから技術を見せるタイプでもなく、ただ持っている馬力で相手を圧倒するパワー・ファイターだ。
「ミツコ……社長に対して恨みはない。むしろ恩を感じているほどだ。なんといってもあの女の力で、妹は病から回復して嫁に行き、子をなすこともできたのだからな。
ただ、契約は絶対だ。おれは、あの女のために100年はたらくと約束して証文に血判を押した。そして、そのつとめの期限が明日だ。明日の試合を終えたとき、おれはこの皮を外して開放される」
きっぱり言い切る。
100年か……。ちょっと長いな。というか、うまれて10年ちょっとしかないぼくには無限の長さに思える。
先生が
「……解放された場合、あなたの身体に与えられた呪力は無くなりますよ。あなたはふつうの人間にもどる。すなわち、今までの負担がどっとその身にかかります。長く生きるのはむずかしい。すぐに死ぬことだってありえますよ」
きびしい表情で忠告すると
「もちろん、それは覚悟の上よ。かまわん。おれはふつうの人間……本名の底ノ助で、生を終えたい」
そのオトコマエのことばに
「……あなたは、やはりえらい男です」
「なにを言う。おれは、ただの百姓さ」
鼻を鳴らす驢馬の仮面は、最高にカッコよかった。
――ふうん、知らなかったな。じゃあ、ファントムの所属レスラーは全員いやいや働かされているのか。なんだか、かわいそうになってきたな。
ぼくがそう言うと、ドンキーマンは
「……いや。それは一概には言えんな」
どういうこと?
「おれたちは、別に完全なタダ働きをさせられているわけでもないからな。貢献度によってそこそこの給金ももらっている。それに、あの女の奴隷として働いているうちは齢をとらない。なにより……いや、これはこどもにどう言うべきかな?」
ドンキーマンは言いよどんだが、続けて
「……あの女は、男を引きこむのが得意なのさ。一度あの女につかまると、たいていの男は逃れられなくなる」
苦笑みながら言う。




