アチラのお医者さんと光るトカゲ4
診察室に入ると、のんのん先生はまた机に向かって書き物 (カルテっていうらしい)をしていた。
トカゲは銀色のお皿の上でじっとしている。ケガをしているところはもう包帯できれいにくるまれていた。
「さあ、どうぞ、こちらにこしかけて。もう彼はだいじょうぶ。あとは安静にしておけば治りますよ。……いやあ、おてがらでしたね。もう少し遅れていたら彼の命も危なかったかもしれない。あなたは彼の命の恩人です」
おてがらと言われて、思わずぼくも顔がニコッとしちゃったけれど、今はそんなことより、聞きたいことがいっぱいあった。
「あの……この子はいったいなんですか?」
「ハネツキギンイロトカゲです」
「こんな生きものはじめて見ました」
「そりゃそうでしょうね、なんたってアチラモノですからね。コチラモノ、つまり普通の人間には触れるどころか見ることすらできません。あなたは今、非常にめずらしい体験をなさっておられるんですよ。……あなたは彼らのような存在と接触するのは初めてですか?」
「彼らって……」
「アチラモノ、つまり簡単に言えば異界のいきもの、オバケとか妖精とでも言いましょうかね。彼ら自身はそんな呼ばれ方をされることをいやがりますが」
オバケ?妖精?……この人はそんなことを本気で言っているのか?さっき見た映画じゃあるまいし。小学生相手だからってあんまりバカにするんじゃないぞ。
「アチラとコチラといっても別に二つの世界はわかれて存在しているわけではなく、重なり合っているんですが、ふつうはそれぞれの世界の住人はかかわりあわないようになっているんです。なぜそうなっているのかと聞かれるとこまるのですが、これは一種の契約みたいなものでね、むかしからそうなっているのです。特にコチラ側からアチラ側へかかわりを持つことは非常にむずかしく、コチラのモノがアチラモノを認識できること自体めったにありません。……その証拠に、あなたがこのトカゲくんをここに連れてくるまでにだれか彼に気づいた人はいましたか?」
「……いえ、いません」
「そうでしょう。こんなめずらしい光るトカゲなのにおかしいと思いませんでしたか?しかしそれは周りの人が無関心なのではなくて、ふつうの人間には彼のような生きものは見ることができないのです。たまになにか違和感を覚えたり、一瞬なにかが見えたような気がすることぐらいはあっても、あなたのようにはっきり、それもこうして実際に触れることのできる人間は非常に稀なのです。……本当にいままでに彼らのような、人には見えないヘンなモノとかかわったことはないのですね?」
「ないです。見るのもはじめてです」
「それはますます興味深い。能力が急に発現したわけだ」
「なんでぼくが……」
「さて……これは推察ですが、あなたは元々いくぶんかはアチラモノとふれあうことのできる資質がおありだったのでしょう。そこに今回、このハネツキギンイロトカゲ君が命の危険を感じて必死になって助けを呼んだ。その必死の思いがたまたま近くを通ったあなたの能力を開発したのかもしれません」
「そんなことあるんでしょうか?」
「さあ、わかりませんがあるかもしれませんよ。なにせ彼らはアチラモノですから」
先生は笑って言った。
「なんでこの子はこの場所を知っていたんですか?」
「ああ、そりゃ大抵のアチラモノはこの診療所のことは知っています。コチラでなにかあった場合、たよれるのはここぐらいですからね。彼はコチラに出てきたばかりのようですが、それでも知っていたんですね。
……それにしてもおかしいですね。このハネツキギンイロトカゲという種類はアチラでも奥のほうに住んでいて、めったにコチラに出てくることはないんですが。いったいなにをしにでてきたのでしょう?」
そんなこと、ぼくに聞かれたってわかるわけがない。
「ここはいったいなんなんですか?」
「ですから、診療所です。わたしはアチラモノを専門に診る『医者』です。野々村 鏡太郎といいます」