アチラのお医者さんとアカカガチ10
「いやはや、しかしワタリネズミたちに『ヘビ泣かせ』をもらっていたのはラッキーでした。もし、あのウワバミが機嫌をそこねて暴れていたら、かむのの半分ぐらい、地下に沈んでいるところです」
のんのん先生は、服を着がえるとヨシノさんがいれてくれたコーヒーをすすった。
診察室のベッドにはべたべたに固められたままのコウモリたちがくくりつけられている。
「なにせ、あのウワバミは地下鉄が開通する前から地下に住んでいて、ひとをおそわないかわりに地下鉄路線の中に永遠に住んでいいという契約をかむのの交通局とかわしています。立ちのくなんてありえないことです」
そうして、コウモリをけわしい表情で見ると
「まったくあなたがたはよけいなことをしてくれますよ。こう言ってはなんですが、あの大ウワバミはあなたがたがどうこうできる相手ではないでしょう。命があるだけありがたいと思ってほしいです」
しかしムラガリチスイコウモリは、そのきびしいことばにさからうように、にくにくしげに
「オメェに、おれたぢの気持ち、分がらない」
と、つぶやいた。
先生によると、このコウモリは小さい一匹ずつというより、かたまった群れが一つとして意志をもって生きているアチラモノらしい。
よくわからないけど。
「いったい、なんでこんなことをしたんです?あなたがアカカガチに巣の立ち退きをせまった業者なんですか?」
「ちがう。おれたちはひっごしたかっただけ」
「ひっこし?」
「そう。穴、くずれた」
そのあと、先生が話をすることがけっして得意ではないコウモリたちから根気強く聞きだした話によると、彼らムラガリチスイコウモリが住んでいた山あいの洞穴は、地震によって崩れてしまったらしい。そこで、新たな住家をもとめて街に出てきたが、なにせあてがない。
すっかりこまっていると、ひとりのアチラモノに声をかけられた。
「――そいづ、親切なヤツ。『住むのに、いい場所がある』言った」
「それが、地下鉄かむの駅の構内ですか?」
「そだ。でも、うつったら、へびいた。おれたち、にげた」
コウモリはくやしさに顔をいがめた。
「おれたち住むとこない。くやしい。そしたら親切なヤツ言った。へび、たばこ苦手」
「そのものがわたしの葉巻のことも?」
コウモリはうなずくと
「そこのこどもに近づけ、と言われだ」
先生は「う――ん」とうなると
「……その『親切なヤツ』ですか、そのものはどんな顔でしたか?」
と、たずねた。
コウモリは首をかしげながら
「おぼえでない。としも、よく、わからね」
あれ、そんなこと前にもだれか言ってたな……?




