アチラのお医者さんとアカカガチ7
先生につれられてきたのは、地下鉄かむの駅の6番出口だった。
「なんだ、『下』って地下鉄の駅ですか?でも今からどこに行くんです?」
あんまり遠くに行くんなら、おかあさんに言伝てしとかなきゃいけない。ぼくはまだ携帯電話なんか持たせてもらえてないのだ。
「いいえ、電車にはのりません」
と言いつつ、先生は切符も買わずに改札口の隣にある、どう見ても駅員さん用の扉をかってに開けると、そのまま入った。
駅員さんは知らんぷりだ。
「先生!いいんですか?かってに入って」
「『わたし』はいいんです。さあ、こっちにいらっしゃい」
先生はそう言うと階段をさらに駆け下りてホームのはじから、なんと線路に下りた。
「先生!だめですよ。そんなことしちゃ!」
「いいんです、ついてきなさい!」
そう言われたらしかたないので、ぼくもおそるおそるレールに下りた。
のんのん先生は次の駅につながる本線とは別にわかれた、引き込み線のレールの上を歩いていく。
そういえば、地下鉄かむの駅は路線のはじっこではないけれど、折り返し駅として始点・終点になることもある駅だ。お客が下りたあと、向きを変えるため引き込み線に入る電車のすがたをぼくも見たことがある。
蛍光灯のあかりが点々とある暗いレールの上を、ぼくたちは歩いていった。
ぼくは電車が来ないか不安で、しょっちゅう後ろをふりかえった。こんなところでひかれたくないもの。
だいたい、ただの引き込み線がこんなに長いんだろうか?
まるで、深く地の底まで続いているように思える。どこからか地下水がもれているのか水の音がぴちゃぴちゃとしていた。
しばらく歩いていると、奥のほうからみょうになまぐさく、あたたかい空気がながれてきた。さらに、そこにまじっているのは
「タバコですね。ヤニくさい」
たしかに、なまぐさいニオイとまじってただよってくるのはヒロスケおじさんとおなじにおいだ。あのおじさんは、かなりのヘビー・スモーカーで、おかあさんはいつもいやがってるんだけど、それと同じ、というかもっと強烈なにおいだ。
「いつもは、このあたりでねてるんだけどなぁ。だれかがここでタバコを焚いたんで動いたんだ。まずいな……」
と奥の様子をうかがっていた先生が急に
「いけない!ホウイチくん、気をつけて!」
さけぶと同時に奥のほうから、はげしいゆれと湿気をおびた熱風がおそってきた。
そしてシャ――ッシャ――ッ、カチカチキーキーという音が鳴りひびく。
カチカチキーキーという音はあのムラガリチスイコウモリのものだけど、シャ――ッシャ――ッという音の方はなんだろう?
「あちゃぁ、もうはじまってしまった。こうなったらしかたない。おちつくまで待っときましょう」
先生はもちろんすべてわかっているらしい。ぼくを風からかばいながら、ぼやいた。
そのすごい風と音はしばらく続いていたが、じょじょに小さくなり、ついには止んだ。
「――ああ、どうやら終わったみたいですねえ。残念だなあ。もっとはやく来れたら、こんなさわぎにならずにすんだろうに……うん?これはなんだろう」
先生は奥のほうからころがってきた、きたない金属の輪っかをつかんだ。
「ナットみたいですけど……風で飛んできたから、もしかすると『彼』のものかもしれない。とどけてやりますか」
そう言ってポケットに入れると、ごく気軽に奥に進んだ。




