アチラのお医者さんとその師匠2の9
ぼくが運動して汗をかいたので、ハンカチで首元をぬぐっていると
「……ほう。おまえ、それはどうした?」
お守りとして首にかけている水晶を見て、お師匠さんがたずねた。
「のんのん先生にもらいました」
「おまえにそれを?どういうつもりだ?」
そんなこと、言われたって知らないよ。
「やつのやることはわからんな……まあ、しかしそれはよいことだ」
なんだかみょうに機嫌が良くなった。 へんなの。
「それより、どうするの?その子たち」
ぼくが息せき切らせて問うと
「――決まっておる。処理よ」
処理って……えっ?治療とちがうの?
ぼくの戸惑い声に、金髪医師は首を振って
「ウイルスに罹患して発症までしてしまった個体は、二度と元には戻らん。そうなったアチラモノに対して医者ができることは、むかしから『封印』か『滅却』の二択だ。封印だと逃げるおそれもあるから、滅却処理するのが一番よい」
めっきゃくって……殺しちゃうの?
「おまえが求めた正常なほうのコウモリどもを生かすには、このやり方が一番よい。一殺多生というやつよ」
言うと、師匠は容赦なく、棺の中に新たな液体を注ぎ入れた。
「「キィキィッ!キィキィキーッ!!」」
中からひどい鳴き声がする。断末魔だ。
(正常な)コウモリたちは、おかしくなったとはいえ自分の仲間……というより一部が死んでいくことに居たたまれない思いなのだろう。
しゅんと固まっている。
ぼくも見ていてショックだよ。思ってた治療と違って、とても残酷だ。
そんなぼくの顔色に、お師匠はフンと鼻を鳴らして
「こんな処置を見るのは初めてか?……だろうな、のんのんはこのやり方を好まん。やつは出来んとわかっていても治療しようとするし、治療できないとしても封印法を選びがちだ。
しかし、そうやって治しも出来ん患者を抱えてどうする?やつの診療所には封印されたままのアチラモノがたくさんいるが、それは管理するのんのんにとってただの負担だ。
なにより、封印したところで将来それらの不治患者を救える可能性はほとんどない。コチラと違って、アチラの医療の発展はおそろしく遅いからな。
患者にとっても長く苦しいことになる封印などより、早くに楽にしてやったほうが、なんぼうか良かろうに……。
俺から見たら、あの男は価値判断ができぬ痴れ者よ」
吐き捨てる言い草が、のんのん先生の助手として聞いてあんまりだと思ったけど、なにせお師匠さんだもんな。間違ったことは言ってないのかもしれない。
「――むかしから、あいつとは医療の意見が合わん」
どうやら兄弟子だけでなく、こっちの師匠と弟子の関係もなかなか難しいらしい。
……でも、どうにもあんまりだな。
せめてもと思って、ウイルスの犠牲になったコウモリが入った棺に向けてぼくが手を合わせると
「――ふん。のんのんとおんなじ所作をしおる。あいつのしつけか?」
お師匠さんがいまいましげに言ったが、もちろん先生にそんなこと言われたことないよ。
ただ先生がおんなじようにしてると知って、うれしかった。




