アチラのお医者さんとアカカガチ6
「――しかし、おかしいですねえ。あのムラガリチスイコウモリは山あいに住んでいて、こんな街中には出てこないはずですが。彼らにこんなことを考える知恵があるというのもふしぎです」
と、首をかしげた。
「先生は、あのクレーン・ゲームのことを知っていたんですか?」
「もちろん知っています。あの筐体……クレーン・ゲームは、わたしの保管庫です」
「先生の……保管庫?」
「ええ、ちょっとした秘密の物置とでも言いますかね。わたしはこの診療所に置いておかない方がいいというものを、かむののあちこちにかくしているんですが、その一つです」
「じゃあ、アチラモノがさわることができないようにしていたというのも」
「ええ、わたしです。サカイモノにしか取り出せないとしておけば、まあ安全ですからね。あなたが来るまで、かむのにはここ何年も新しいサカイモノはいませんでしたから。――いや、しかしすっかりあそこのことは失念していたなあ。ちゃんと設定をし直しておくべきだった」
のんのん先生はくやしそうに言った。
ぼくは気になって
「先生、あの持ってかれた包み紙の中身はなんですか?」
「あれですか。あれはただのタバコですよ」
「タバコ?」
「ええ、おみやげでもらったんです。――ああ、おみやげといえばマカダミアナッツ・チョコありがとうございました。そのお礼を言うのもわすれてましたね」
のん気に礼を言うのんのん先生を見て、なにかとても大事なものがかくされているのだと思っていたぼくは、ひょうしぬけした。
「むかし、中南米を旅行中に『おどり病』というやっかいな風土病をもらってきた百目の女性が、ウチに受診をしにきたことがあります。われわれにまでうつって大変でした」
ヨシノさんも
「あれは、つろうございました。まる二日、休むこともできずおどりつづけましたものね」
と、思いだすのもいやそうに言った。
「とにかく、それを治療したお礼にいただいたんです。キューバ産の高級な葉巻なんですけど、この診療所は禁煙です」
禁煙と言ったとき、クロハさんはヨシノさんを見てニタッとわらった。
ヨシノさんは無表情だ。
「――かと言って、タバコをだれかにあげるのも、医者としてどうかなと思いまして。とりあえず、あのクレーン・ゲームのなかに置いておいたんです」
「あのコウモリはそのタバコを吸いたくて、ぼくをだましたんですか?」
「さて。あの葉巻はたしかにとても良質で貴重な品ですが、なにせ強くてね。コチラモノ……人間が吸ったらニコチン中毒であっという間に死んじゃうようなシロモノです。コウモリだってそうじゃないですかねぇ。最近はアチラモノのあいだでも嫌煙運動がかしましいですしね」
「へえ。アチラモノでも、タバコぎらいとかあるんですね」
「ええ、それはもちろん。こないだのエルフたちなんてのはタバコぎらいです。ほかにも、そうですね、たとえば……あっ、そうか」
先生は、なにかに気がついたようだ。
「……ふうむ、これはいけないな。少しやっかいなことになるかもしれない。ちょっとヨシノさん、わたしは出かけてきます」
急なことに「あたしも行きますか?」とたずねるヨシノさんに、先生はめずらしくきっぱりと
「あなたはだめです。わかっているでしょう」
そう言われてヨシノさんはしおしおとしている。
どうも今回の件はすべてヨシノさんには不利に動いてるらしい。
そのようすにクロハさんは小気味よさげな顔で
「じゃあ、あたしがついて行きましょうか?先生」
「でも、今から行くのは『下』ですよ」
「うへ。あそこはあたしたちには鬼門ですわ、ご遠慮します」
『下』と聞いたとたんクロハさんは顔をしかめた。
『下』って、前にどこかで聞いた気が……。
「あの……先生、ぼくはついてっていいですか?」
「あなたは……そうですね、ついてらっしゃい。一度、会っておいた方がいいでしょう。ただし、用意が必要です」
先生は棚をひっくりかえすと大きな箱を二つもかかえて
「さあ、行きますよ」
と診療所をとびだした。




