アチラのお医者さんとその師匠1の3
そのお馬さんは、顔が半分ただれて白い骨がふつうにむき出しになっている。
そんなの、コチラの馬じゃない。アチラモノだ。ってことは、のんのん先生がらみだ。
ぼくとジェームスがおそるおそる近づくと、お馬さんはぼくの顔をじっと見てから、頬をすり寄せてきた。
うん、いい子だ。
むき出しの骨がちょっと硬いけど、問題ない。ぼくがたてがみをさすっても、いやがる素振りも見せず、さすりやすいように頭を下げる。
(はじめてお馬さんを間近で見たけど、大きいものだなぁ)
ぼくもうれしくなって、彼の垂れ出た左目玉を空いた穴ぽこ(眼窩っていうんだと後で知った)にはめてあげた。
「こっちのほうが、よく見えて具合がいいでしょ」
言うと、うれしそうに鼻を鳴らす。
(――なんでだろう。初めて会った気がしないよ)
そうやって、しばらくその子とじゃれていると
「――ホウ。鬼黒が人になつくか?」
コーポから、声がした。
そこに立っていたのは落ち武者……いや、落ち武者ふうのモノだった。
馬は半剥けだったけど、こっちの武者の顔面の皮膚はずる剥けで、ほとんど髑髏だ。折れた矢が刺さった藍韋縅の鎧に血泥まみれの袴がものすごく、ほつれた髪の毛……髻が頭骨に張り付いているように見える。
彼は、空洞の眼窩でぼくをにら(んでいるんだろう多分)むと
「ぬしが医者の助手か?……なるほど、鬼黒がなつくとは異なものよ。その駒は、わしにも今だ懐ききっておるとは言えんのになぁ……。
鬼黒が満幅に心を開くは、わしにその駒を賜りくださった『あのお方』以外におらぬ。
――いやはや、これはいくら医者が期待するなと言うても、期待するわい!ぬしならば、我らが宿願を叶えてくれるやもしれぬ!」
なんだかかってに興奮して、腰の袋(箙と言うんだって後で聞いた)をたたいてるよ。
そのあとは
「とはいえ、いまだ時は来たらず。しかるべき時が来るまで、今しばしの辛抱じゃろうな……なに、千年も待ったのじゃ。今更なにをあわてることがあろう。――よし鬼黒、参るぞ」
スケルトン武者はスケルトン馬……鬼黒号にまたがると
「さすれば、またお目にかかろう、助手どの!」
手綱を引いて、パカパカと去っていった。
「ヒヒ――ン!」
いななきがかわいいよ。
それを見送ると、ぼくはジェームスと顔を見合わせて
「いったいなんだったんだろうねぇ?なんだか今日は、みょうな人とよく会うなぁ……まあ、これも聞いたらいいや」
言うと、おんぼろアパートの102号室に入った。




