アチラのお医者さんと行者さま9
「――行者とやりあってあの制多迦童子に傷をつけたという妖は、おそらく憑物の一種です」
速足で歩きながらのんのん先生が説明する。
ぼくは小走りになりながら
「ツキモノ?そんな名前のアチラモノがかむのにいるんですか?カムノヤマイヌみたいな?」
「いえ。あのヤマイヌのようにもともと自然にいるアチラモノではありません。人の念から生み出された物の霊ってことです」
「……それって、さっきの護法童子といっしょってことですか?」
「まあ、そうです。護法や式神、憑物などと流儀や場合によっていろんな呼び方をしますが、人間の念がもとで生み出されたアチラモノだということにはちがいありません。わたしの師匠はまとめて『念体』もしくは『(念)物霊』と呼んでいました」
先生に師匠がいるって初耳だけど、今はそのことについてくわしくたずねる余裕がない。
「そして彼……シロタヌキも、もとはそんな憑物です」
えっ?そうなんだ。
「狐霊や狸霊と言います。自然にいる実際の狐や狸の霊ということではなく、あくまでそれに近い『見立て』をされて生み出された物霊です。
彼の言葉づかいや立居ふるまいから見て、西の方のイヌガミ筋ではなく、関東のクダギツネ……またはオサキやイヅナの系統ですね。幕末から明治のころに生み出された霊でしょう」
先生は今までシロタヌキのことについて何も言わなかったけど、最初っからそこまでわかってたのか。すごいや。
「なにもすごいことなどありません。わたしもただ師から聞きかじった知識です」
先生はつづけて
「物霊の作り方はとても簡単でね。ただ人間が『そういうものが、そこにある』と思いさえすれば、基本的には出来ます。というか発生します」
――へっ?なにそれ?レンジでチンするより簡単じゃん。そんなことありえるの?
「ただ、そうした念体はほとんどの場合、あっという間に消え去ります。先ほどの、わたしが念で縒った糸とおんなじです。
物霊が実際にその霊体を維持して力を持つためには、長くて強い『念入れ』が必要です。先ほどの護法童子のように、物霊が自律的に行動できるまでにするにはたいへんな手間がかかります。それは、生きものを育てる手間とまったくいっしょです。
たとえば術者がクダギツネをつくろうとしたら、最初に中空の竹管を用意して、その中に小さなケモノがいると『思いこんで』接するわけです。話しかけたり、エサをあたえるふうをしてもよい。とにかくそうやってそんな生き物が本当にそこにいると、毎日毎日念をこめていくんです。そうするといつのまにか、そのイメージした存在が実際に管の中に育つんですよ」
へえ、不思議だな。
「人間を『万物の霊長』とよぶのは、ある意味ほんとうです。神とよばれる存在は別として、自然界でそのような複雑な念体を生み出せるのは人間だけです。……まあ、その念の気質を良いか悪いか問わずに生み出せるから、問題もまた生じるんですが」
先生が苦い顔をする。
よくわかんないけどシロタヌキのことかな?前はぬすっとだったし……。
「人間が物霊を生み出すのは持った性質上しかたないことですが、その始末となるとむずかしいものです。あるじである人間が先に死ぬこともよくあるし、そうでなくとも、力を持ちすぎた物霊を人間が制御しきれなくなって捨てることもあります。まあ、ちゃんとした術師はそうならないように最初に設定しておくんですが……」
なんだか、まるっきりペットの話を聞いているみたいだ。飼っている動物を捨てることは犯罪だけど、物霊を捨てるのはそうではない。




