アチラのお医者さんとなぞの玉1の16
ぼくはのんのん先生にたずねた。
「……先生は、会ってすぐにテツオが病気だってわかったんですか?」
「――ええ、なんとなくとね。彼に会ったとき、魂と体が少しずれているように見えました。あなたにもわかったんじゃないですかね?」
そうだ、なんだかときおりあのオオカミが二重写しにぼやけて見えたんだ。光の具合かと思ってた。
「幽体と肉体がぶれるようにズレていたんですよ。コチラモノ……人間の認知症にもよくみられる症状ですが、いわば魂と体の結び付きが不安定になっている状態です。ズレがひどくなると、ほうけたりうつろな時間が多くなります。意識の混濁とか記憶の欠如をともないはじめてね。
それのひどいのが、いわゆる離魂病とか魂消た状態ってやつです」
――ふうん、むずかしいんだなあ……って、あれ?そういや、わかんないな。
「先生、でもおかしいじゃないですか?クロハさんは、玉をくわえてたのは縞のあるイヌって言ってました。でもテツオには縞毛様なんかありゃしない。真っ黒な毛並みですよ」
「ああ……それねえ」
先生は宙を見ると
「――たぶんですけど、それはあのカラス女と、わたしたちの見ている世界がちがうせいだと思うんですよね」
「世界がちがう?」
どういうこと?
「ええ。これはアチラモノにかぎった話ではないんですが、一般的に生きものというものは、その種類によって感じ取る世界が異なるものなんです。
たとえば、イヌにはわれわれが見ているいろいろな色彩は見えませんしね。彼らはいわば白黒の世界を生きているんです。そのぶん、われわれより匂いの世界は豊かに感じ取っています。
それとは逆に、われわれには見えないものが見える生きものもいます。
カラスの目ってのは、紫外線をとらえる能力がニンゲンより高いんですよ。わたしたちには真っ黒にしか見えないけど、クロハさんの目にはテツオにはそれとわかる縞模様があるんでしょう」
「へえ」
すごいんだなあ、とただ目を丸くしているぼくに先生は、にがわらいで
「アチラモノと交流するときには、そういうことにも気をつけていなければなりません。特にあなたのようにアチラモノとふつうに交流できてしまうサカイモノは、注意が必要です」
どういうこと?
「いくらおんなじ生きもののように見えても、わたしたちと彼らアチラモノは見ている世界、感じ取っている世界がまるでちがうのです。それを自分とまったくかわらないものだと思っていると、あやまることになってしまいます。
……ほんとうは、これは別にアチラモノとのつきあいに限ったことではなくて、コチラモノ同士のつきあいでもおんなじです。自分と同じように他人もものごとをとらえていると思いこんでいると、いろいろと判断を誤ったり、いざこざがおこります。
自分と他者はちがう存在なんだって、常に頭の片隅に置いていないといけません」
ちょっとむずかしいな。
のんのん先生って、たまにこういうこと言うんだけど、よくわからない。
でも、とりあえずうなずいといた。
先生も、ぼくがわかってないのはわかってるんだろう。ほほえんで
「……まあ、そのうちわかりますよ」
と言った。
「けっきょく、オオカミが持ってたのはリトル・グリーンの玉じゃなかったですね」
「ええ。それはまた明日、探しに行きますよ。クロハさんが言ってた情報は他にもありましたしね。
今日は、とにかくテツオの往診ができたので良しとしましょう。なんといったって、わたしの本職はそちらですからね」
前向きにものをとらえる先生だった。




