アチラのお医者さんと刀とぎ10
――どうしよう。坂上さんの視線がこわい。
こんな小さな体でどうやって刀を研ぐというんだろう?
しかし少女は、老鼠のことばに意外と興味を持ったようで
「……火鼠って、あの火の中に住むという?たしかに伝説では、特別な高温にしないと溶けない『かむの鋼』の刀を打てたのは火鼠だけとされているけど、もうそんなネズミ絶滅したと思っていた……」
魔道家にいた坂上さんは、ぼくよりよっぽどアチラモノのことにくわしい。
「たしかに今の時代、『かむの鋼』すなわちオリハルコンをあつかえる純粋な火鼠は、まあおらぬ。血がすっかりまじりあって、うすくなってしもうてな。
わしとて、名こそついでおるが遠縁にすぎぬ。熱い炎にはとても耐えられぬので研ぎを専門にやっておるのよ」
もとの火鼠ってのがどんなのか知らないけど、いま目の前にいるのは、ただの白いハツカネズミだ。
「――そう。そういうことだったのね」
坂上さんはなんだかひとり納得しているようだが、
ぼくにはわかんないや。とりあえず
「なんで、こんな箱の中に入っていたの?」
聞いてみると、
老鼠はしっぽをたたきつけて
「そりゃ、あのにくったらしい白髪鬼のせいじゃ!あの鬼め、急に闖入してきたと思ったら、わしらをくくりつけてあの箱に放りこみおった!」
「――こわかったわ、チュウサク。あなたがいてよかった」
「だいじょうぶです、おじょうさま。わたくしがついております」
わかいねずみ二匹は肩をよせあわせるが、
それが老鼠は気に入らない。
「はなれろ、はなれろ!けがらわしい!――チュウサク!お前の根性がたるんどるから、こんな羽目におちいるんじゃ!」
「申しわけありません、お師匠さま」
青年ねずみは素直に頭を下げたが、
娘ねずみは
「あら、あのうさんくさい鬼を仕事場に入れたのはお父さまよ。先生なんて言われて、ヒゲをぴくつかさせてよろこんじゃって。お父さまの見る目がないからこうなっただけで、チュウサクはなにも悪くないわ」
「だまれ!だまれ!」
のんのん先生の言っていたとおり、たしかにヘンクツで気ままそうな師匠だ。
老鼠はしばらくさけんでいたが、二対一で自分に不利だと思ったのか、こっちに話をふってきた。
「それで、おまえらはなんの用じゃ!?」
たすけてもらったのもわすれて、おこったままのものいいだ。




