アチラのお医者さんと刀とぎ2
サカイモノの少女がアチラのお医者さんになにを?
この先生は、ふつうのお医者さんとしてはからっきしで、バンソウコウひとつうまく貼れないよ。
ぼくが不審な顔を向けると、
坂上さんはだまって
――スイッ
なにもない宙から「松風」をぬき出した。
(もおっ!急にそんなものぬき出さないでよ!心臓に悪い。本物の刀って、間近で見るとピカッとした光に吸いこまれそうになって、こわいんだよ!)
そんなぼくの心の声を無視して、坂上さんはたんたんと
「……ここのところ、よけいなものを切ったから刀がにぶくなっている。研ぎに出さないといけない」
「とぎ?」
「刀研ぎです。いかにかむの鋼製の名刀とはいえ、つかわれた刀は、そりゃ研ぎに出さなければならないでしょうね」
「――松風が早くきれいになりたいって、せっつくの」
刀がせっつくって、そんな「ドラえもん」のしずかちゃんがお風呂に入りたいみたいなこと言う
の?……とは、安易に口にできない。なにせアチラモノを切るアーティファクトの妖刀が、まともなはずないんだから。
「――それに、松風を万全の状態にしてそなえておかないといけない事態になった」
どういうこと?
少女のことばに、先生も苦い顔をしてうなずくと
「……先ほど、呪宝寺の怪心尼から連絡がありました。禍王家に護送中だった鵺郎博士が襲撃されたそうです」
「えっ!?――それであのおじさん、だいじょうぶだったの?」
あのモヒカン頭のこまったおじさんは、ふだんなら鵺に変身することができて強いけど、今はくくられてなにもわが身を守ることができなかったはずだ。
ぼくが言うと、坂上さんはふしぎそうに
「あなた、自分の命をうばおうとしたものの心配をするの?」
あきれ顔になると、つづけて
「博士はだいじょうぶだった。ただ、いっしょに運んでいた『村雨』がうばわれた」
えっ!?それって、まずいじゃん!あんなぶっそうなもの、厳重に守っといてよ!また切り裂き事件でも起こったらどうすんの?
ぼくのしかめっ面に、
坂上さんもいまいましげに
「まったく……本家の警備班もなってない。銀狼先生がいれば、こんなことにはなってなかったでしょうけど……」
「ぎんろう?」
「禍王家につかえる世話役のひとりで、あたしの剣の師だった。……半年前に亡くなってしまったけどね」
その声音には、ほんとうに悼む感じがあった。
どうやら、その先生は坂上さんにとって大事な人らしい。




