アチラのお医者さんと光るトカゲ12
先生とヨシノさん、それにぼくは月光灯をたよりにジェームスのあとを追いかけた。
日中に懐中電灯を照らしてなにかを追いかけている一団なんて人が見たらずいぶんおかしなものだと思うけど、道ゆく人はやっぱりこちらのことなんて気にしな(気づかな)かった。
ぼくたちはかむの駅をこえた北の郊外、原っぱみたいなところに出た。
「彼らにしても、ハガネアリたちに見つかるような目立つことはしたくないはずです。このあたりの屋内でじゅうぶんな場所があるところと言えば……あっ、あそこだ!」
先生が指さしたのは、何年も前につぶれたらしい冷凍食品の工場跡だった。
近寄ってみると、不自然に開いている扉があった。
「いきますよ」
先生のかけ声で一斉に突入した。
「――あっ!やっぱり!」
そこには午前中にぼくをおそったウシオニと、さっき会ったばかりのハクオウじいさんがジェームスを手につかんで立っていた。
「やあ、あなたですか……」
先生がおどろいた口調で言うと
「……へっへ、悪いね、のんのん先生。長い付き合いのものをうらぎるような形になってしまったが、こればっかりは仕方なくってね」
と、いかにも下品な風でじいさんが笑った。
長年の知り合いにうらぎられるなんてつらいだろうな、とおそるおそるその顔をうかがうと、意外なことに先生も少し笑っていた。
「ふふ、そんな『ものまね』をしてハクオウじいさんに罪を着せようたってダメですよ。たしかにびっくりするぐらい似てますけどね。あなたが本物のハクオウじいさんでないことはわかっています」
えっ、どういうこと?目の前にいるのはだれがどう見たって、さっき会ったばかりのハクオウじいさんだよ。
「――あなたもちょっとうっかりものですね。鏡で映すように化けたのかして、じいさんの顔にあるほくろの位置が左右逆になっています。なにせ、わたしは彼の体を何度も見てますから、それぐらいのことはすぐにわかるんですよ。長年のかかりつけ医をなめてもらっては困ります」
それを聞いたとたん、じいさん(のかたちをしたもの)は表情をゆがめたかと思うと、見る見るまに顔が伸びて、口も耳せせまで裂けた白毛のケモノっぽくなった。目つきするどく牙も光って、おっかない顔だ。
「それがあなたの本性ですね。やあ、あなたはシロタヌキですか?」
タヌキっていうより気の荒いオオカミみたいだ。
「ワタリネズミのセールスに化けてハガネアリの巣に入り、紫水晶を盗んだのもあなたですね」
ケモノは声まですっかり変わって
「へえ、もうそこまでつかんだのか?……じゃあ、なんで俺がこのトカゲを探しているのかもわかっているんだろうな」
「まあ、おおよそ見当は」
「それはこまったことになった。先生がこのことをハガネアリたちに黙っておいてくれると助かるんだがな」
「そんなことしたら、わたしがアリたちに琥珀でガチガチに固められてしまいますよ。なにせ彼らは気が荒いですからね。第一、そのトカゲくんはわたしの患者で目下のところ入院中です。そのあいだは、医師としてわたしは彼に責任があります。返していただかねばなりません」
シロタヌキは口元をゆがめて
「じゃあ交渉決裂だな……しかたない。先生と事をかまえるのは避けるよう『あのかた』にも言われてるんだが」
あごでしゃくると、ひかえていたオニが待ってましたとばかりにこちらに襲いかかってきた。
「そうはさせないわよ!」
早速ヨシノさんの首が抜けて応戦するが、オニの方も今度は急所を狙われてはいけないと頭をかばっているので、そう簡単にはやっつけられない。
なのに、先生はその変身の様子をただ興味深そうに見つめている……そうか!余裕があるということはなにか本当に電撃攻撃みたいな必殺技を持っているにちがいない。
「先生!はやくあの人をやっつけてくださいよ!」
「……えっ、わたしですか?わたしにそんなことは出来ませんよ。わたしはただの非力な医者です」
「そんな!じゃあどうやってジェームスを助けるんです?」
なんてこった!ただの役に立たない金髪だったなんて!
すっかりけばだった大きなシロタヌキに追われて、のんのん先生とぼくは部屋の中をおたおた逃げまどった。
「どうにかしてください、先生!」
ぼくが必死にさけぶと、先生は走りながら悠長に考えて
「そうですねえ……ああ、そうだジェームス君。もう絶食は解きましたから。ものを口に入れてもかまいませんよ」
今そんな、治療の指示を与えてる場合ではないでしょ!この人はやっぱしどうかしてる。
「――だからその、いまあなたをつかんでいるモノを『食べちゃって』くれませんか?」
とたんにタヌキの顔色が変わって、ジェームスの顔をおびえるように見た、と思うやいなや、ジェームスは大きく口を開けて……
そしてなんと、次の瞬間にはシロタヌキをパクリと飲みこんでしまった!
あとにはもう、いつも通りのちっちゃいジェームスがハネをぱたつかせて飛んでいる。
相棒が飲みこまれてびっくりしたスキを狙って、ヨシノさんの胴体がツノの間に棒を打ちつけてオニを気絶させた。
「……ああ、やれやれ。なんとか片づきましたね」
先生がタヌキに追われてころげた拍子についた泥をはらいながら言った。
ヨシノさんは
「こんなことは二度とごめんですよ」
と、ぼやきながらオニをしばる。
ぼくはそれをただボウゼンと見て立ちつくす。
そこに
「ゲポッ」
ジェームスがちいちゃくゲップをした音が冷凍工場跡にひびいた。




