アチラのお医者さんと光るトカゲ10
「――そうそう、町はずれの廃棄工場の下にあるアリの巣に泥棒が入ったのはご存知?」
「あのハガネアリの巣にですか?いえ、初耳です」
「先生はあの巣に行ったことがおありかしら?」
「ええ。むかし、あそこの女王アリが産後に調子を崩したことがあってね。往診に行きました」
「先生はアリの巣に入ったことがあるんですか!?」
オトナの話にじゃま入りしてはいけないとは思ったけど、ぼくは思わず聞いてしまった。
「えっ?……ああ、そうですよ。ハガネアリというのはとても大きな種族のアリでねえ。ふつうの働きアリでも二メートルぐらいの背丈はあるものなんです。そんなアリたちの巣ですから、わたしでもその巣に楽々入ることができるんですよ。
女王になると六メートルぐらいあります。
彼らはピカピカした光りものが大好きで、その名のとおりとても頑丈な鋼鉄のような体で、せっせと地下から宝石を掘り出すんですよ。往診のときにわたしも女王のコレクションを見せてもらいました」
「じゃあ、女王のお気に入りの紫水晶もごらんになったわよね?」
「ええ。あの天然の大きな……まさか、あれが盗まれたんですか?」
「そう。だから今、ハガネアリたちは大騒ぎですよ。なにせ女王アリのコレクションのなかでもあの紫水晶は特に貴重で、一五〇〇万カラットぐらいあるものですからね」
一五〇〇万カラットって、想像がつかない。ぼくは聞いた。
「……あの、それってどれぐらいですか?」
「そうですね。五カラットで一グラムだから……三トンぐらいですかね」
「三トン!そんな大きな宝石があるなんて知らなかった!」
「そりゃそうです。コチラの人間が掘り出したり見つけ出したりしている宝石というのはすべて、アチラモノが手にしたものの余り……カケラくずにすぎません。本当にいいものはコチラモノの目には触れないようになっているんですよ」
おどろいた顔をしているぼくに、先生はほほえみながら
「ほかの石油にしろガスにしろ、天然資源についてはなんでもそうです。一番良い部分はアチラモノがおさえています。人間は地球のことについてよく知っているつもりですが、なーに、本当のところはなにも知ってやしない。われわれコチラモノはアチラモノの生活圏の、実はおこぼれをあずかって生きているようなものなのです」
「女王アリはそんな特別大事にしていた紫水晶が盗まれたものだからいたくおかんむりで、働きアリたちが今、必死になって犯人をさがしていますよ」
「……しかしあんな大きな水晶を、しかもあの城塞のように警護の厳しい巣からよく盗み出しましたね。――犯人の目星はついているんですか?」
「聞いた話だと、盗みがあったその日に、ハガネアリの巣にワタリネズミのセールスがやってきたらしいですわね。女王アリにめずらしい青真珠や赤真珠を売りつけに来たみたい。
ハガネアリは地中の宝石はいくらでも自分たちで採れますけど、海の中のものは採れませんのでね。
それで女王も興味を持って話を聞いていくつか買ったらしいですけど、結局すべてニセモノだったらしいですわ。さすがのハガネアリも海の宝石の鑑定は苦手だったようですわね、クックッ……とにかく、その商談をしているスキに盗られたようですわ」
なんだかこのクロハという女の人は、そんなもめごとがあったのが楽しくてしょうがないみたいだ。
「それで今、ハガネアリはかむのに滞在しているワタリネズミたちに水晶の返却をもとめているそうです。ただ、ワタリネズミの方は知らないといっていますがね」
「そりゃそうでしょう。これはワタリネズミたちの仕事ではないと、わたしも思います。
彼らはたしかに欲は深いですが、ハガネアリの巣からものを盗むなんて危険なことはしません。第一、そんな器用な知恵は回りませんよ」
先生はすこし考え込むしぐさをみせたが
「……そうか、そういうことか」
なにか納得したらしくクロハさんに
「いや、どうもありがとう。有益な話をいただきました」
と言った。
「なんですよ、他人行儀な。またいつでも、今度はこんな野暮なビジネスぬきで会いに来てくださいましな」
カラアゲの油を口のまわりにべっちりとつけたまま品をつくるクロハさんだった。




