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悪役令嬢バーバラは怒った!

作者: 辺野 夏子

さくっと短編を。

 

「バーバラ、婚約破棄しよう」

「うふふ、いやですわミハエル様ったら。意味がわかりませんわ」


 ここは王宮の中庭。ミハエルはこの国の王太子、バーバラはその婚約者だ。


「婚約破棄と言うのは、婚約を破棄すると言う事だ」


「冗談ですわよね?」

「冗談ではないよ」


「嫌ですわ……」


 バーバラは悲しんだ。当然のことである。彼女はミハエルの事を純粋に好いていたのだ。あまり態度には出していなかったが。


 沈黙が二人を包んだその時! まるで頃合いを図ったかのようにミハエルの背後から、一人の愛らしい令嬢が飛び出してきた。


「こんにちは! 私、ロザリーって言います。男爵令嬢よ」


「はい、こんにちは」


 ロザリーはすうっと息を吐き、語り始めた。かなり抑揚のない……悪く言えば、大根である。


『あなたが悪役令嬢のバーバラね! はやく王太子様を開放してあげて!』


『王太子様は、あなたは無表情で何を考えているのかよくわからない。趣味も合わないし。っていつも私の夢枕でぼやいていらっしゃるの』


『自分を好きになってくれなさそうな娘と一緒にいるのが辛いって言っていたわ』


『あなたがそんなだから、ミカエル……?いえ、ミハエル様は私に乗り換えてしまうのよ!』


『ラファエル……違った、ミハエルね。そう、とにかく婚約者を取られたくなかったら私、このロザリーと勝負なさい! 負けたら諦めてあげるわよ!』


「……」

「な、何とか言ったらどうなのよ! あんたが返事しないとこの後が続かないじゃない!」


 赤茶色の長い、ぐりんぐりんのドリル巻髪に縁取られた、バーバラの青いつり目から大粒の涙がこぼれた。


「ご、ごめんなさぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……二人がそんなに想い合っているなんて知らなくてええええぇぇぇぇぇ……」


 悪役令嬢バーバラは謝った。そして泣いた。それを見たミハエルは激しく狼狽えた。


「ふええええええぇええええぇええぇぇぇぇ」

「待って、バーバラ!」


「嫌ですわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 バーバラはドレスの裾を翻して走り去った。彼女の特技は乗馬。趣味は山登りである。記録にこそ残っていないものの、この国で最も俊足な令嬢なのである。



「お父様ああぁぁ! 婚約破棄されましたわぁ!」


 バーバラは城内を駆け抜け、父親の執務室に辿り着いた。


「なんということだ、かわいいバーバラよ。一体全体何がどうなった」

「かくかくしかじかですわ」


 バーバラは事の詳細を父である公爵に伝えた。


「ふむ。私とて『親バカ同盟』の盟主。かくなる上は第二王子派に派閥を移し、王太子の廃嫡に向けて邁進するとしよう」


「そこまではしていただかなくて結構ですわ」


 父の恐ろしさを目の当たりにして、バーバラは少し落ち着いた。


「ああバーバラ、なんて心の優しい娘だ。もうパパと結婚しよう」

「うふふ、いやですわお父様ったら……」



 ほんわかムードに包まれた二人の元へ、汗だくの王太子が走ってきた。


「バーバラ、待ってくれ!ゼッ、ハッ、ヒュッ……」


 ミハエルは文系であった。やっとのことで、彼はバーバラに追いついたのである。


「誤解だ! いや誤解ではないんだが!」


「どういう事ですの?」


 王太子は語った。かのヒロイン、ロザリーが彼の仕込みであったことを。いつもおとなしいバーバラにやきもちを妬いてほしくて、一芝居打ったのだと。


「ごめんよバーバラ」


 バーバラは考えた。ロザリーへの愛の言葉が嘘だと言うのなら、利用された彼女は、男爵家はどうなるのか?


「彼女は男爵令嬢じゃないよ。女優のたまごなんだ」


 バーバラは考えた。それならば、ミハエルは女優のたまごと知り合えるような店に出入りしていると言うことだ。


「許しておくれ、バーバラ」


 そしていつもの様に『まあ、そうでしたのミハエル様』と笑っておくれ……ミハエルはバーバラの頬に手を当て、センスのないポエムを口走ったが、ほとんど彼女の心には響かなかった。


 バーバラは考える。先ほどのすべてが王太子の仕込みであるならば、彼は自分を「試す」ような男だと言う事だ。それ以前にも、何か……こう、腹立たしい記憶がいくつかあるように思われた。


「嫌ですわ」


「バーバラ?」


 ミハエルの何が悪いのか理解していない様な、間の抜けた顔を見て、バーバラの記憶の扉が開いた。


 幼少期、ミハエルは彼女に向かって「やーい、バーバラ、略してババア!」と言い放ったのである。他にも「君の目って左右でちょっと大きさ違うよね」と年頃の女の子には酷な言葉まで思い出した。


 それだけではない。ロザリーのセリフ。きっとあの寸劇は彼が考えたのだ。自室で、セリフを練りながらニマニマしているミハエルの姿を想像して、百年の恋は一気に冷めた。


「バー……」


『バーバラは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王太子を婚約破棄せねばならぬと決意した』


「バラ?」


 令嬢は、男の手をぱしんと振り払った。


「ミハエル様、今まで思い出をありがとう。お元気で」


「え、ちょ、冗談だよね?」

「冗談ではありませんわ」


 バーバラは本気である。まあ、婚約破棄が虚言だった以上、こちらからは破棄できないだろうが、やり返すぐらいは許されるだろう……


 そう思うと、仕返しに何をしてやろうか。青ざめ、捨て犬の様な目をしているミハエルを見て、バーバラの中に今まで感じた事のない新しい喜びが生まれ始めた。


「さようなら」

「待って、バーバラ! 僕を捨てないで! 出来心、出来心だったんだ」


 ミハエルはバーバラに縋り付こうとするが、それを優雅に躱す(かわす)。彼女はこの国で1番素早い令嬢なのだ。


「嫌ですわよおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 バーバラは絶叫しながら廊下へ矢の如く走り出た。


「バーバラあああああああぁぁぁぁぁぁぁ待ってええええええぇぇぇぇぇぇ僕を捨てないでえええええぇぇぇぇぇぇ許してくれええええええええぇぇぇぇ」


「おーーーーーーーーっほっほっほ、ざまぁですわーーーーーーーーーーー!!!!」


 すまし顔の王太子の、情け無い断末魔の何と心地よい事か! バーバラはときめいた。少女の恋を失って、大人の喜びを得たのである!


「バーーーーーーーバラアァァァァァァーーーーーーーーーーーー待ってくれえええええぇぇぇぇぇぇぇぇ」


「ほほほほほ、随分足の遅い犬だこと!」



【悪役令嬢バーバラは何かに目覚めた!】


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
そうだ、そんな男捨ててしまえ、と思ったけど、目覚めてしまったなら仕方ないですね。
[良い点] 行間にドップラー効果が聴こえたわー!w
[一言] これはヒドイwww でも☆5つけてしまうぐらい好きです
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