6 牙仮面
こうして俺たちの部活動が始まった。
すぐに、エコにランニングでついていくのはかなりの鍛錬が必要だとわかった。
学校の内周を走っていても、気合の入ってない運動部なんかをどんどん追いぬいていってしまう。
俺のほうは、息があがるとマスクに熱と湿気がこもってすぐに苦しくなる。
とにかく毎日、部活の始めにランニングが課せられた。
ランニングがおわると、エコがビニールシートを買ったホームセンターに二人して出かける。
坂のうえに建つ学校から尾根を伝って坂道を上ったり下りたり、二十分ほどかけて店まで行きつく。
「電気街とか行かなくていいの?」
「ここの別館に資材館ってあるだろ。あそこなら電気関係の部品も売ってるから」
俺は入り口で買い物カゴを手に取ると、ケーブルやハンダやLEDテープを入れていく。
「なにそのテープって」
「基盤とLEDがいっしょにテープになってて自由に曲げたり切ったりできるやつ。これ楽なんだよ」
「そんなことしなくても丸い蛍光灯でいいじゃん」
「蛍光灯じゃ細かい調整ができないだろ」
それに、俺にも意地ってもんがある。できる限りは電子工作部らしく活動したいって意地が。
「土台は木で組むか。うえから黒いアクリルでも被せれば家電っぽくなるだろ」
自分の体重が乗っても耐えられそうな板を選ぶと、工作コーナーに持っていく。
「なにここ」
「買った材料なら自分で道具借りて加工するぶんにはタダなんだよ。カットしてもらうと一カット三十円とかだからな。嬉しいだろ? カット代が節約できて。金出す身としては」
「わーたすかる。ん、こっちは? 溶接にレーザーに3Dプリンターだって」
「そういうデジタル工作の機械も貸し出してんだよ。そこらへんイジるなら店員呼べよ」
言われて躊躇せず即、店員呼びだしボタンを押しやがる。
俺なんかカット代よりも店員を呼ぶのが嫌で自分で切ってるとこもあるのに。
俺が電動糸ノコで板を切っているあいだに、エコは店員の許可を取りデジタル工作室に入る。
しばらくして木材のカットがあらかたおわっても、まだそこにこもっていた。
「残りの材料、本館で買ってくるからなー」
レーザー加工機の制御用PCに向かうエコを置いて、道路を渡ったホームセンター本館に向かう。
アクリル板やネジや釘、ビニールテープやガラス用スプレーを買いあさり、両手にぶら下げて帰ってきても、エコはまだレーザーにかじりついていた。
「おい、帰ろうぜ」
「待てまて、いまおわるとこだから」
ガラスの天板がのるレーザー加工機のなかで、光が木材のうえを走っていた。
切る、彫る、焼く。
データの持ちこみが主流だが、簡単なデザインなら店のPCでもできるようだ。
脇にはすでにエコが加工した木々が転がっている。
加工機に立てかけられている細長い板には「電子流 反生徒会術」と毛筆っぽいフォントで焼かれていた。
向かいあった椅子のうえには縁に焼き色がついた半円がいくつも転がっている。
「なんだこれ」
「それは板のカマボコだ」
「板のカマボコ」
「いつもカマボコの板だけが余ってもったいないなと思っていたから、それを組みあわせれば半永久的に使える」
そいつは便利だ。
エコが見つめるレーザーが止まった。
保護ガラスを開けてなかから半月に三日月が重なったようなものを取りだす。
「これはマスクド・タスク」
ガラスを閉めて木片を置く。
半月は瞳のない片目と途切れた唇が描かれた仮面で、唇の断面に刺さった三日月にはギザギザの牙が並んでいた。
ああ、タスクって仕事じゃなくて牙のほうね。即興で描いたにしてはなかなか洗練されたデザインだ。
「あたしらはマスクのしたに反抗する牙を隠してるってのをあらわしてるわけだ。じゃ帰るか。もう時間もないけど荷物だけ置きに行かないとな」
作ったものを置きっぱなしにしてさっさと帰ろうとする。
半永久的に使うんじゃなかったのかよ。
「エコじゃない。エコなのに」
「ああ?」
怒った。
俺は諦めてマスクド・タスクだけを自分の鞄に突っこんで彼女のあとを追った。