二 ファン
「ゴースティング、ってそれ、されてるってこと? マジで言ってる?」
エコが聞きかえしてくる。
「そう考えると、腑に落ちることが多い。分散したところをピンポイントで集中攻撃されたり、不利な地形に入ったところを待ち伏せされたり。このゲーム中ずっと、短期間に連発してるのは、実際かなり疑わしい」
「ゴースティングって?」
俺たちの会話に近藤が割ってはいる。
「ゲームの配信を見て、有利になる行動をすること」
「でも、そっちの隊員部屋は分からないけど、こっちのリーダー部屋はたくさんスタッフとかいて、そんなことできる状態じゃないんだよね」
「運営がグルじゃなければね」
息をするどく吸う音がして、すこしの間がある。首を巡らしあたりを観察した、そんな間だった。
「でもさ、もし運営があっちのチームを勝たせたいなら、そもそもライオなんてキャスティングしないよ」
「それは、そうかも」
立神ライオのゲーム音痴は知られた話だ。操作自体は下手ではないのだが、考えるまえに行動するタイプで、いつも無茶苦茶な結果になる。エコがぱふぇ子を操ってするゲーム下手の演技とは違い、ライオがライブ配信や複数人とのコラボで繰りだすやらかしは笑えるものもあれば笑えない放送事故レベルのものもある。あれは天然だろう。
「じゃあライブを見てるとしたら、隊員のだれか、とか?」
近藤の声に、俺はモニターを向いたまま頷く。
「もしあっちのリーダーが隊員の言うことを聞くならね」
「ライオは、前の試合でずっとそんな感じでしたよ。ずっと隊員に、ねぇどうしたらいい? って聞いてて」
隊員の男の誰かが(俺も男だが)そう言い、またべつの誰かが肯定する。じぇるっちはファンの指示なんか聞くタイプではない。指示を仰ぐとしたらライオというのは解釈一致だ。
俺のなかで疑惑が確信に変わる。
「じゃあやっぱり、隊員に選ばれたファンが張りきって、いつもの指示コメのノリでやってるって感じかな」
俺の結論に、みなが黙る。沈黙の意味は分かっていた。
「それが本当だとしても、どうしようもないけどねー」
口にしたのはやはり、エコだった。
「スタッフさんに言えば……」
近藤の言葉を、俺が言葉で制する。
「確証があるわけじゃないし、もし犯人が見つかったとしても試合自体は止まらないだろうし。ついた不利は埋まらない」
「そういうこと。わたしも不正があったから試合のやりなおしとか公表して、せっかくのイベントを苦い文脈で語られるようにしたくないしね。もうこの会話も運営は聞いてるんだろうけど」
スマホをテーブルに置いて見ているとかなら、その気で探せば簡単に見つかるだろう。だがそれ以降、不正がなくなったとしても、ゲームシステム的に挽回できるとは思えなかった。アクションゲームに見えるが、ゴールドやら経験値やら蓄積がものをいうシステムなのだ。
配信にも乗るスクリーンの構成を思い出す。注目プレイヤーの画面を大きく、残りのメンバーをL字に小さく映し、それをチームごとに切り替える。常にみなが交戦しているゲームではないから、必然メインの視点として選ばれるのはそのとき敵と戦っているリーダーのものになる。
つまりほかの仲間が交戦中なら、ぱふぇ子の画面は小さく、スマホではかなり判別しにくくなるはずだ。
「相手のやってることを逆手に取ろう。だから、聞いてるか分からないけど運営さん、犯人探しはちょっと待ってください」
「ちゃんとついてきてねー。みんなー」
ぱふぇ子がわざとらしい声をさせながら道を進む。マップのメインルートでない道を、どのリーダーとも離れた距離で。遊軍といえば聞こえはいいが、狙われたら格好のカモという状態だ。
「ちょっと遠回りだけどこのルートを抜けたポイントを奪取して、一気に逆転を狙いましょー」
一切後ろを顧みず、ずんずんと歩を進める。マップの反対側ではルゥチと鶴子が敵にちょっかいを出しているはずだ。攻撃しているようで、決して犠牲は出さない程度の攻めっ気だが、ただ移動しているだけの視点を配信に乗せるよりはよっぽど映える。
このゲームのミニマップには自分の隊のメンバーと、各リーダーの位置が表示される。ただ本当にミニなマップなので、縮小された倍率では判別できないだろう。
やがてコントロールポイントがある建屋に辿りつき、なかの様子を伺う。
「よーし、敵はいないみたい! みんな行くよー」
「あまーい!」
またも明るい声がして建物の影から敵が躍りでる。ライオはいつも一声かけてから現れるな。不意打ちにならねぇぞ。
「またまたおまえ、いただくよー。ってあれ?」
「いないじゃん」
ライオとじぇるっち、そして隊員らがぎくりと止まる。彼女らの目の前には、白衣を着たリーダー、ぱふぇ子が独り立っているだけだった。
「いま」
俺はライオより遥かに小さな音量で合図をする。少し離れた高台にあらかじめ隠れていた俺と隊員が放つ集中砲火が、敵二人の隊を直撃する。
「ええぇぇぇ! なんでえぇぇ!」
ぱふぇ子の視点だけを頼りに位置を盗むなら、隊員をみな別行動させればいい。ミニマップ上でほかのリーダーだけがその位置を表示されるなら、ほかのリーダーから隊員だけを借りればいい。ぱふぇ子の隊とダスリーの隊、合計十人の隊員の不意打ちで、まず向こうの隊員の数名が倒れた。
「あ、クソ! リーダー狙ったのに、アシストが手前のに吸われた!」
ツーピースの誰かが叫ぶ。直前に隊員が動いたせいでエイムアシストの悪い部分が出て、事前の打ち合わせどおり初手でリーダーを落とせなかった。
「逃げるぞ、野生児!」
じぇるっちが素早く撤退を始める。一度しか使えない手だ。この程度の戦果で逃がすわけにはいかない。相手の陣地方向へ逃げる道は二つ。まっすぐ陣営に戻る右の道か、トンネルを使った左の迂回路か。もちろん普通なら右を選ぶはずだが……。
「左だ! 野生児!」
「うん!」
声に誘導されてライオは左のトンネルに入る。隊員とともに右の道に進みかけていた、本物のじぇるっちが慌ててそちらを向く。
「ぼくの声じゃない!」
「え?」
エコと同じく視点から隊員を消して遠回りしてきた久住先輩が、トンネルの入口に自身のスキルでバリケードを設置して戻れなくする。敵戦力を分断することに成功すると、俺たち隊員はそれぞれリーダーと合流し、手早くじぇるっちの隊を仕留めにかかる。
「声真似、さすがです」
「即席クオリティだけど、相手も慌ててたからね」
久住先輩は笑顔を認識させながら駆けていく。
じぇるっちの隊を殲滅すると、俺たちの隊はそのまま進んでトンネルの出口へ、先輩はその場に留まり退路を塞いだままに。あとは挟みうってじっくりと締めあげ、ライオの隊も全滅させる。
「よし! そっくりお返しするよ!」
分担する敵がいなくなった俺たちは、ルートを放棄し各地に遊撃に出る。現地の味方と共同して、一人ひとり敵リーダーを撃破していく。
状況は前半をそっくり逆転したかたちになった。
「上手くいったね! ナイス、ナイス!」
現実の近藤がとなりから手を伸ばし俺の肩を揺する。視線で応じようとし、その先の席で一人の男がスタッフに肩を叩かれるのを見る。その男は気まずそうに頭を下げ、スマホをポケットにしまった。そのスタッフがこちらを向き、遠目にだが笑みを浮かべたようだった。
不正行為でついた不利は、大事にされぬままそっくりなかったことになった。
「まだ振りだしに戻っただけだよ。油断しないでいこう」
俺の言葉どおり、そこから試合は白熱したものになった。秒単位で深まるゲームシステムへの理解に合わせ進化していく戦術に、局地戦での勝敗が絡み、優勢と劣勢がいとも簡単に入れ替わる。
最後はお互い本拠地に敵の侵入をゆるしながら、どちらが攻めているのかも分からぬ混乱にプレイヤー全員が陥りつつ……。
俺たちが勝利した。