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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
34/41

二 言いたいことはべつにある

「寿司なに好き?」

「サーモン!」

「模範的ガキの回答でございますけれども」

「いいじゃないですか。取ってあげるね」

「ガリちょうだい。ガリガリ」

「てかいいとこの寿司とかだと違うんだろうけどさー、普段食うとこならサーモンとかのがいいよね」

「サーモンじゃないらしいけどね。代替魚」

「そうなの? じゃああたしサーモン食べたことないかもしれない」

「そうなるともう、どっちが本物ってなりますね」

「おいしい!」

「よかったねー」


 ライブ配信を聴いているファンたちにはたまらないのだろうが、絶え間ない会話に囲まれて、俺はその場にいるだけで頭がおかしくなりそうだった。

 特に発言に反応できないというのが辛い。

 俺も好きな寿司のネタとか言いたい。

 あなごとか言いたい。


 食事がおわると練習と称してゲームを遊ぶ。

 プレスチ5とPCで協力プレイできるFPSを二人ずつ組んで進めていくことにするらしい。

 当然俺はコントローラーを回してもらえない。すっごく寂しい。


「え、わかんない。難しい」


 普段ゲームをやらない久住先輩は地面を眺めてひたすら滑っている。

 みなに手取り足取り教えられ、やっと様になりはじめてシナリオを進めようとする。


「そこのあんた、助けてくれ」


 クエストをくれるNPCのセリフを吉瀬が読み上げる。


「なにするんですかこれ」

「それを選ぶの。助けるか、無視するか、こいつを襲って物資とか取っちゃうか。ダスリーさん、どの選択肢選ぶ?」

「じゃあ……任せておけ、あんたの仲間は俺たちが助ける」


 選択肢のセリフを久住先輩が読む。

 吉瀬とるー子が感嘆の声を漏らす。


「やば、生の迫力凄いんだけど」

「ね」

「ねーどうやったら色んな声が出せるの?」


 ルゥチを向いて先輩は舌を出して見せる。


「舌を使ったり、喉を使ったり、ほっぺをぐいって曲げたり。もう使えるものは全部使うんだよ」

「じゃあ襲われてるってこいつの仲間助けに行こうか」

「吉瀬さんはこういうゲーム上手いから、安心ですね」

「あ、ありがと。見てくれてるんだ」

「そりゃあもう」


 なんとか一つのクエストを、ほとんど吉瀬が仕事をしてこなしたあと、コントローラーはるー子とルゥチに渡る。


「大丈夫だった? 酔った感じとかしない?」


 ぱふぇ子モードのエコが珍しく人を気遣っている。


「あ、それは大丈夫。たまにVRゴーグルつけて撮影とかしてるから、ああいう視点は慣れっこなんで」


 飲み物を口にしながらコントローラーを手にはしゃぐ二人を眺める。


「ゲームも、楽しいですね。みんなでやるといろんな楽しみかたがあるっていうか」


 先輩は俺とエコを見比べ笑った。


「今日は誘ってくれてよかったです」

「こっちこそ。来てくれて嬉しかったー」


 この会の目的の一つは無事達成されたようだった。


「あーそういえばさあ」


 こちらもゲームを終え、またグラスを乾かした吉瀬が口にする。


「みんなちゃんと隊員選んだ?」

「選んだよー」

「選んだけど」


 ルゥチがコントローラーを置いて俺に近づいてきた。

 顔を寄せ耳打ちしてくる。


「クラスの男子に話したら混ぜろ混ぜろうるさくって、仕方ないからそいつも入れちゃった」

「その子も四月生まれ?」

「それは分かんないけど」

「ま、いいんじゃない? 確認なんかしないよ。大丈夫」


 小声でやりとりすると、安心して戻っていく。


「怪人たちは? 土塁さん勝ちました?」


 間を塞ぐようにエコが吉瀬に訊く。


「勝ってた。結構ガチなメンツになったから期待しといて」

「わたしも、ぱふぇ子ちゃんのアドバイス通り、ファンで集まってサバイバル系FPS? みたいなので強いひと決めてもらったんですけど」


 久住先輩の言葉で、エコの目が期待に輝く。


「プロゲーマーの方がチームで参加して勝っちゃったんですけど、それっていいんですかね?」

「問題ない問題ない! あくまでファンとして参加するんだから!」


 慌てて自分勝手なジャッジを下す。


「当日呼んじゃえばもう変えようがないでしょ。押し切るしかないよ。そのためにダスリーさん呼んだんだから」


 吉瀬はふらふらと立ち上がってどこかに行こうとする。


「どういう意味ですか?」


 先輩に言われて、慌てて空いたグラスの腹で唇を押さえる。

 エコの顔でいくつかの筋肉が弛緩する。


「わたしを誘ったのは、プロゲーマーを使って大会に勝つため?」

「そんなこと」

「ルインが窓ガラスを割ったのはなぜだと思います?」


 エコの口からはでまかせの一つも出てこなかった。

 久住先輩はふっと笑う。


「ちょっとーひどいんですけどー! 絶対見てないじゃないですかー!」


 明るい声で茶化してみせると、エコを除く面々がきっちり笑い声を重ねた。

 ダスリー以外もみな、なかなかの役者だった。




 順番に風呂に入るとなると、俺は必然五人分よりあとに回される。配信上存在する人間が済んだあと、やっと俺は部屋から出てバスルームに向かう。

 女五人分の風呂ってのはとてつもなく長い。それも雰囲気がぎくしゃくした空間では。

 匂いはいいんだけどな。思い出すのが母親で申し訳ないけど、女の風呂上がりの匂いというのが久しぶりな俺には嗅覚も視覚もなかなか刺激的だった。


「おつかれさま」


 つー子がバスルームの向かいの制御室の戸口に立ち、俺を待っていた。


「そっか。あなたがまだいたっけ。先入ります?」

「いいよ。どうせ起きてるんで」


 扉を開ける俺の背に言葉が続けられる。


「これが人脈だよ。損得で成り立ってるから、簡単に崩れる」


 振り向くと、つー子は腕を組んで壁に寄りかかっていた。


「この取りあわせなんて、明日限りで終わってもいいけどね」

「ゲームが流行ったら、またあのメンツでやるみたいなこと期待されませんか?」

「流行らないから安心しな。少なくとも私たちのファンのあいだでは」

「やってもいないのに」

「ゲーム性の問題じゃない。ゲーム会社の狙いそのものが間違ってる」


 つー子の後ろには、すでにボロボロになったゲームの資料が置かれていた。


「なあ、なぜ私たちは人気なんだと思う? このバーチャルユーチューバーってものが出始めたとき、ネットの評論家には、すぐ廃れるだろうなんて言われてたのを覚えてるか? 普通の人間がアニメ絵の皮をかぶっても、普通のことしかできないからやがて飽きられるだろうって言われていたのを」

「覚えてます。でも結局、才能があったってことでしょ。生き残った人たちは」

「そうかな。たしかに一部には特技と呼べるものを持った連中もいるけど、そうでないやつのが大半だよ。大半の連中は、普通の人間同士ワイワイキャッキャやってるだけだ」

「言いたいことがあるなら言ってくれませんか?」


 つー子はとびきりの冷たさで顔面を固めた。


「世の中には、普通の人間関係すら獲得できない人間がたくさんいるからだよ」


 冷たいものを食べたときのように、頭がキンとした。

 超能力者かこいつ。


「自分が劣った人間を相手にしてるって言っちゃうんですか?」

「そうじゃない。人間関係というのは誰にとってもかなりの労苦で、ぬるい学生時代ならともかく社会人は仕事にかまけているうちに優先順位を下げざるを得ない人たちもいる。それでも人は孤独には耐えられない生物だから、理想化されて栄養価が高く、しかも自分が参加していなくて当然なアニメ絵のキャラクターたちの人間関係を摂取するんだ」


 俺はふと、姉妹でずっと仕事も生活もしているというのはどんなものだろうと考える。

 一人っ子の俺には楽しそう、に思えるのだが。


「だから私たちのファンは、人間関係から降りた連中が多いんだ。そんな連中に、自分自身がコミュニケーションを取ることを売りにしたものを売ろうなんてのは、はなから成功するわけがないんだよ。そんな彼らが摂取しているのが、実は打算にまみれた人間関係だというのは、皮肉だけどね」


 俺は振り向いてバスルームに入った。さっさとお湯を浴びたかった。


「君たちも土日くらい寂しい大人のための仕事なんかやめて、学校の友達と遊べばいいのに。いるならね」


 心配いただかなくてもちゃんといるっつーの。

 叫ぶ代わりに扉を強く閉めた。




 風呂から上がってもまだ制御室の戸口に人影があった。

 だがよく見るとすでに髪が濡れている。

 腕を組むるー子の隣をすり抜けて、つー子がバスルームに入っていく。


「同接は過去最高でありがたいけどさー、人の配信で地雷撒くんじゃないよ。ちょっとコメントざわっときてたぞ」


 いつものように意地の悪い笑顔を浮かべる。


「人間関係の栄養価が下がりますか?」

「なにそれ」


 なんだ、こういうのって姉妹共通の言い回しじゃないのか。俺はつー子の持論を思い出しながら、できる限り忠実に伝聞した。


「そんなこと言ってたか」


 るー子は頭を掻いてしばらく思案する。


「人間が他人に求めてるものなんてそんなピュアじゃないっての。あたしもこのゲームは日本じゃコケる、特にあたしらのファン層には受け入れられないと思うけど、理由は違うね」

「へえ?」

「あたしらのファンってのはあたしらを自分の代わりに戦わせるのが好きだから。自分の人格をまとって戦う気概なんてないわな」


 日に二度も超能力者に会うとはね。双子だから当然か。


「だから言っちゃえば、あたしらはバーチャルモンスター、ホストあーんどキャバ嬢ってところだな。貢いで育ててマウントバトル、だ。やつらは人の成果でイキるのが好きなんであって、自分で戦うのは好きじゃないんだ」


 なんなんだよこの姉妹は。

 こんな話は、特に∨チューバーが好きじゃない俺だって聞きたくはない。


「もういいですか? 眠たいんで」

「ごめんごめん。でもあんたも、こんなことに時間使ってないで高校生らしいことしなよ。損得気にしないで馬ァ鹿な連中と馬ァ鹿なことできるのなんて、ガキのあいだだけなんだから」


 それまで以上に過剰に込められた意地の悪さに、俺はさっきまでいた部屋の、崩れかけた雰囲気を取り繕う明るい演技たちを思い出した。

 冷えた雰囲気を隠す嘘。冷えた言葉で隠した真意。


「すごく面白いことを教えましょっか?」

「なーに?」


 俺の言葉に、るー子はいかにも期待してないってふうで返す。


「わたしたちとダスリーは、同じ高校に通ってるんですよ。あのひとが先輩でわたしたちが後輩で。わたしたちも、会ってから気づいたんですけど」


 あんぐりと口を開け、数秒固まる。


「そりゃ、ほんとにすごい」

「ね? そう言われると、きっかけはなんだって、馬鹿な人間関係を築けそうな気がしません?」


 るー子は首をひねって検討している。


「このこと妹さん? にも教えていいですよ。それからついでにもう一つ、も伝えてください」

「なによ」

「大人の暗い部分を引きあいに出して若者を導こうとするの、年寄りくさいですよ」

「うるせー馬鹿! ガキはさっさと寝ろ!」


 言われたとおり、俺は用意された寝床に向かった。

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