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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
32/41

二 回り道は回り道

 一日の授業が過ぎホームルームも済ませ、ある生徒にとっては学校のすべてが、またある生徒にとっては半分がおわった時刻、がたがたと椅子を擦る音が響く教室で俺の後ろから素っ頓狂な声があがった。


「あれ、なんか落ちてるぞ」


 わざとらしい口調に俺と近藤が振り向く。

 エコが後ろから近づいてきて、近藤の椅子の近くにしゃがみこんだ。


「これ、近藤のじゃない?」


 そう言って近藤の机に五百円玉を置く。


「え? いや、違うよ」

「でもここに落ちてたし」

「待って。んーやっぱ違う。五百円もなくなってたら分かるもん」


 財布を覗き込んで言う。健全な生活してるな。


「まあいいじゃん、貰っときなよ」


 エコが硬貨を近藤のほうに滑らせる。


「いや、落とした人が困るだろうし、今日はもう帰った人もいるから駄目だけど、明日みんないるときに心当たりがないか訊いてみよ」

「そんなのいろんなヤツが手ぇ上げるに決まってるじゃん。お金なんてみんな欲しいんだから」


 手を上げない人間が眼の前にいるだろ。

 近藤の手に五百円玉を押しつけようとして拒まれるエコに、俺は声をかける。


「落ち着けよ。おまえ、自分の財布見てみ。案外自分で落として気づいてないのかもしれないぞ」

「なに言ってんだよ。そんなわけないだろ」


 エコはこちらを睨む。


「いいから、もう近藤は違うって言ってるんだからさ。本当は、おまえのかも、しれないだろ?」


 含めるように言う。

 エコはやっと言われたことを飲みこんで、自分の財布を取りだしてなかを見た。


「あーほんとだ。朝はあった五百円がなくなってる」

「なーんだ、中野さんもうっかりしてるなぁ。よかった。取っちゃわないで」


 曖昧に笑いながら、エコは財布に五百円玉を戻した。




「今日はいよいよダスリーと会うんだろ? どこに行くんだ?」


 駅に差しかかろうというところでエコに尋ねる。俺もこの頃いろんなライバーの中身と会ってきたが、ダスリーはそのなかでも特別にその正体を見てみたかった。そのためには女装もいとわない。最近安売りしすぎてあまり有り難みがないだろうが。


「あー、それがさ」


 エコは学校最寄り駅の改札まえを素通りし、いつものように自分のマンションに向かうかと思いきや、すぐ横のハンバーガー屋に入った。


「どうしたんだよ? 食ってくのか?」

「ここだよ」

「あ?」

「待ち合わせ。この駅のこの店でこの時間」


 信じられないといった顔をするのはエコも同じだった。

 いつかと同じ席で、いつかと同じく奢られたコーラを飲みながら時間を潰す。


「今日は女の格好じゃなくていいんだな」

「も、しょうがねぇよ。時間ねぇんだから」

「ダスリー、どんなやつだろうな」

「さあ」


 ダスリーには特定の見た目というものがない。

 インタビューや解説動画で自分を登場させるときも、毎回違ったモデルを身にまとっている。声も動かすモデルに合わせて変幻自在に使い分ける。

 ネットでもその正体について様々な憶測が飛んでいた。


「そろそろかな」


 エコがスマホの時刻を睨むのと同時に、うちの制服が一人、店に入ってきた。


「久住先輩じゃん」

「誰?」

「だから、演劇部の大道具の」

「ああ」

「挨拶しとくか、奇遇だし」


 久住先輩はキョロキョロと店内を見回し、スマホを取り出した。立ち上がる俺の後ろで、エコが一人呟く。


「格好教えておくか。マスクで制服の男女二人組が、わたし、です」


 歩み寄る俺の目のまえで、久住先輩の持つスマホが通知音をさせた。


「こんちは、先輩」

「あ、いた。あ、違う。君じゃない、君だけど君じゃない」


 先輩は俺の顔を指差し、それから指先を右往左往させた。


「なにがです?」

「待ち合わせしててさ。えっと、ここらでマスクした制服の男女見なかった?」


 先輩の顔が、俺と、俺の後ろの席を往復する。


「いた、マスク。あれ? えーと」


 ここまでくるとエコも気づいて、立ち上がって近づいてくる。


「ダスリー、さん?」

「はい?」


 久住先輩はぼさっとした髪のしたで、目をまん丸くして固まった。




 先輩が自分のぶんの飲み物を買って合流すると、テーブルを囲んで数秒の沈黙がおりた。


「偶然というか、奇跡というか」


 俺が最初に口にする。


「こんなことってあるんだねー」


 先輩も飲み物に軽く口をつけてから言う。


「なんだよこれ! これまでの苦労はなんだったんだよ!」


 エコが叫んだ。


「まあまあ、とんでもない回り道にはなったけどさ、急がば回れっていうしさ」

「なんだそれ。あたしは諺なんかで思考停止しねーぞ。回り道したほうが早くなる実例を述べよ!」

「だから、いまがその実例だろ。どうやったって先輩がダスリーだって知る方法なんかなかったし、先輩だって人づてで頼まれたから会ってくれることになったんだし」

「本当にね。はっきり言って今日は気が重かったんだけど、一気に楽しくなってきたよ」


挿絵(By みてみん)


 久住先輩は改めてエコを見る。俺も先輩をまじまじと眺めた。

 これがダスリー。

 たった一人で映画を作り、多くの人間を惹きつける狂気と妄執の創作者。

 今日会うにあたって復習した映像を思い出す。登場人物すべてを一人でこなすその声色は、そのどれもが、いま聞こえる声と上手く重ならなかった。


「ゲームとか全然やらないからさ。正直案件だとか言われても嬉しくないし。そんなことに時間使うくらいなら作業進めたいし、断るつもりで来たんだけど」


 ダスリーの映画はすべてネットで無料公開されているが、ファン向けにディスク化して売られてもいる。

 その他グッズも販売されているし、相当潤っているのだろう。


「やっぱり大変ですか? 映画を作るって」

「大変っていうか、大変だけど、好きでやってるからいいんだけど」

「演技が好きなら演劇部の代役やればいいのに」


 エコが漏らす。こいつずっと追いかけていた目標が身近な人物だったせいで油断してるな。


「いやー、うん。それは恥ずかしいっていうか。あなたもそうだから∨やってるんでしょ? ぱふぇ子ちゃん」

「まあね」


 珍しく素直に認める。そこには制服以外にも互いの共通点を認め、自分の心を晒すものがあった。こいつも共感能力使うことあるんだな。


「あ、演技といえば、思ったんだけど。もしかして発表会の音声って、合成じゃなくて」

「あァ、あれハわたシの肉声だヨ」

「おお」


 久住先輩は感嘆の声をあげた。


「やりますね。自分で編みだしたんですか?」

「ボカロ音声の真似してるうちにね」

「やっぱり物真似からレパートリーを増やせますよね。わたしも色んな声を出せるようになるために海外のアニメの物真似をしたり、物真似の物真似をしたりして勉強してるんですよ」

「ああ、物真似やってるやつのテクニックは参考になるね。技術を盗むときれいにショートカットできる」


 二人の会話は途切れることなく続く。話題は次第に技術的な部分に移り、3Dソフトのライセンスや素材の調達法を交換しあう。


「映画で使ってるモデルとか、あれフリー?」

「フリーだったり買ったり」

「そんなにある? 使っていいの」

「海外のサイトにはありますよ」

「あー海外か」


 エコと先輩は個人で活動し宣伝から動画製作まで一人で行うお互いの忙しさを交換しあい、そこからやっと今日の本題に入った。


「それで、なんでわざわざわたしなの?」


 久住先輩はテーブルに肘を突いて訊いてくる。俺はエコを横目に見た。


「そりゃもちろん、これをきっかけにダスリーさんにお近づきになりたかったからだよ。映画を見たときから、どんな人が作っているのか知りたくて知りたくてしょうがなくって! 友達になりたいって!」


 俺は視線を逸し、静かにため息をついた。


「えー、そうなんだ。嬉しいなあ。へへ」


 久住先輩ははにかんで笑う。奇人だとか変態だとかいった評判とはかけ離れた、素直すぎる反応だった。


「そっかー。私のファンかー。現実で言われると、やばいくらい幸せだなあ」


 エコがわずかに身体を捻り、椅子を軋ませた。罪悪感があるなら最初から嘘をつくなよ。


「じゃあ」

「いいよ。やろうよ。ゲーム得意じゃないけど、どうせ誰もやったことないゲームなんでしょ?」

「うん。でも勝とうね! 勝つことを目指さないと、ね!」

「うん! それは大事だね!」


 表面上は意気投合しながら、二人の考えはどこかすれ違う。

 俺は宿題を後回しにスマホを触りだしたときのような、嫌な予感をひしひしと感じていた。

 これがいずれ足を引っ張るぞ、早めになんとかしとかないと大変なことになるぞ、というあの感覚だ。


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