二 怪人二人
「こんちわっす。ぱふぇ子さんでいいっすか?」
指定されたコーヒーチェーンのテラス席で、男は俺とエコを見比べながら口にした。学生という歳でもないがおじさんって感じでもない。となりに並ぶ女も似たようなものか。先日会った鶴子二人よりは上かなというくらい。相変わらず、大人の年齢ってやつは全然わからない。
エコのやつが慌てたふりをして立ち上がる。数秒前から目星をつけていたくせに。
「どうもこんにちはー。ドクター髑髏田さん」
「いや、おれは土塁ドライアドだよ」
「わたしは吉瀬ドール」
二人とも照れくさそうに名乗りながら腰をおろす。
「え? ええと、今日はドクター髑髏田さんは?」
「ボスは出不精だから」
「俺たちもめったに顔合わせないんだ」
「そう、ですか」
エコが気落ちした声をさせる。演技も混じっているだろうが、たしかに中心人物に会えないのは残念だ。
ドクター髑髏田のことは、ライバーというよりクリエイターと呼んだほうが的確だ。
髑髏の頭からなぜか白髪が爆発しているモデルでマッドサイエンティストを名乗り、世界征服のためにしもべとなる怪人を造ると言っては∨チューバー用のモデルをつぎつぎに製作、その中身を募集するスタイルで仲間を増やしてきた。
3Dモデルはお世辞にもプロレベルとは言えないが、その下手ウマが誘う気楽さからかネットの住人たちがゆるく参加し、個人勢ながらコミュニティの強さも持ったグループとして存在感を獲得している。
眼の前にいるのはそのグループで初期から人気を発揮し、いまも中心的な存在の二人だった。
植物に知性を与えて都会を蹂躙しようと造りだしたがその優しい性格でちっとも働かない樹木人間、土塁ドライアド。その中身は、樹木というより岩って感じだ。
世界の要人の子どもを人質に取ることを目的に造られたが、わがままで言うことを聞かない着せ替え人形型アンドロイド、吉瀬ドール。眼の前のニットに包まれる曲線は、子供向けとは言えなかったが。
ドクターの造る怪人は基本的に彼の言うことをきかないらしい。
「自由にやってくれってのがあの人のポリシーだからね。モデルとちょっとしたマニュアルはくれるけど、なにをするかは自分次第。俺たち、企業がステルスでやってるなんて噂もあるけど、ほんと逆なんだよ」
「ただのネットのコミュニティ、いやそれ未満かも。だって怪人同士でも連絡先のリストとかないし。コラボとかしたかったらツイッターから挨拶しないといけなかったり」
二人はそんな内情を楽しげに語ってくれる。俺も何度か見たことはあるが、このコンビが交わす動画上の会話とまったく変わらない雰囲気だった。
「じゃあ今回のゲームの件は」
「ああ、それは受けるよ。ボスは参加しないけどね。いいんだよね? うちのグループから六人メンバー選んでも」
「そりゃあ、全員ライバーでもべつに構わないでしょうけど、でも他のファンと同室になるかもしれませんよ?」
「べつにいいよ。ていうか顔割れてるのばっかだし」
「じゃ隊長はわたしね」
吉瀬が手を上げる。
「なんで? 俺じゃん?」
「いや、わたし。FPSはわたしのが上手いし。やりあったとき勝ったし」
「一回しか対戦したことないだろ」
土塁が食い下がる。よく二人で遊んではいるが、いつも同じチームで戦っているから対戦はしていないってところか。俺の印象ではたしかに、吉瀬のほうがダメージは出したりしてたかな。サバイバル系の統計では。でも立ち回りや大事な局面での判断は土塁のほうが冴えていたかも。どちらに隊長になってもらうか、結構運命の分かれ道かもしれない。
だが吉瀬は土塁を手で制し、エコと俺に視線を流す。
「いいの? 隊長になるってことは他の隊長さんと一緒になるってことだよ? ぱふぇ子とルゥチと鶴子とあと一人、もたぶん女の」
「う」
「あんた女の子に囲まれてゲームしたいんだ。若い女の子の集まりに混ざって。これは全方向のファンになんて言われるか」
「分かったよ……。そこまで考えてなかった。その空気はいたたまれねーわ」
二人のあいだで決着がつくと、揃ってこちらに向き直る。
「じゃあ資料お渡ししますね。目を通しているあいだ、私はちょっとお手洗いに」
エコは紙束を手渡すと席を立つ。
「俺おかわりもらってくるわ」
土塁もカップを持って店内に入っていく。取り残された俺と吉瀬は、なにげなく視線を交差させた。
「高校生?」
みんなこれ訊くな。高校生だったらなんだってんだ。
「はい」
「同じクラス?」
「はい」
「付き合ってんの?」
「は、はあっ?」
思わず声が上ずって、慌てて口を抑える。
「なんで」
「わたしは付き合ってるか訊いただけだけど。それだけじゃ、べつに男女とは限らないんじゃない?」
「そう、だけど」
「それを言ったら女の服を着てても、女装なのか本来の姿なのかは分からないけどね」
俺は意味もなくほかのテーブルを確認する。吉瀬は屈託なく笑った。
「いや、女装ですよ。どうして分かったんですか?」
「なんとなく。自信あった?」
「そういうわけじゃないですけど、ばれたのは初めてなんで」
「ふーん。まあ視線かな」
俺は吉瀬の顔から視線を下げ、そしてさらに下げた。
「見てました?」
「いや、わたしにじゃないよ。あなたのぱふぇ子ちゃんを見る視線」
「いや、嘘でしょ。俺たちはほんとに別に付き合ってるとかじゃなくて」
「そうじゃないんだけど、まあ女同士のものでもなかったっていうか」
吉瀬は視線を店内に、土塁が消えたほうに向けた。
「あいつがわたしを見る視線っぽかったのかな」
「だから違いますって」
「なにが?」
「だって吉瀬さんと土塁さんって付き合ってるんでしょ」
「はあっ? なにそれ。ネットの邪推を真に受けないでよ。そういうのマジでないから。ネットの噂を総合するとあたしは怪人全員と付き合って怪人全員と不仲で怪人全員の子どもがいることになるんだから」
「じゃあどういう目なんですか?」
「だーかーらー。土塁はー」
「なに? 俺がなに?」
店から戻ってきた土塁がテーブルにカップを置きながら席に戻る。
「いいの」
なにがいいのか聞き出そうとする土塁に資料を押しつけ黙らせる。俺の疑問も解消されないまま、二人は内容を調べだす。
しばらくして二人が資料をめくりおわるころ、やっとエコが帰ってきた。
「どうですか? 目を通してもらえました?」
「わからないことだらけだけどね。それに俺の木目の肌も再現できるかどうか」
土塁が歯を剥いて笑う。
「結構目立てるし、おいしいなあ。怪人たちから立候補がたくさんいたらどうしようか」
「それを賭けてネットで対戦しちゃえば? そんでその対戦も配信しちゃってさ。久しぶりじゃん? みんなで集まるの」
「俺たちが負けたら?」
「そりゃ潔く身を引くしかないでしょ」
「残り四枠ってことにしない? 俺たちは先方のオファーで決まってて」
「バレたら殺されるよ」
また二人で会話を弾ませる。人が仲良くしていると興味なさげに、そして次第にじれったそうするエコが、とうとう口を挟んだ。
「そちらの参加者はそちらで選んでいただくとして、最後の一人の隊長さんに誘ってほしい人がいるんです」
「ん? 誰? 俺たちの知り合い?」
「ダスリーさん」
二人して目を丸くして、ちょっと身を引く。
「監督? 駄目じゃない? あの人はうちのボス以上にクリエイター気質だから」
「そう言わずに、ドクター髑髏田さんからも頼むようにお願いしてもらえませんか? ドクターの頼みなら、なんとかなりそうじゃないですか」
「まあダスリーさんとうちとは、結構仲良くやらせてもらってるけど」
ダスリーの映画に使うモデルが足りなくなったとき、ドクター髑髏田が提供を申し出て、その代わり怪人たちが端役としてカメオ出演したのは知られた話だ。
ダスリーは髑髏田に恩があると言ってもいい。
これがエコがダスリーを、そしてそのファンのプロゲーマーたちを仲間に引きこむための秘策だった。
「ボスは頼まれるのは好きだけど、頼むのは好きじゃないんだよなあ」
「そこをなんとか」
「なんでダスリーなの? ほかにもいろいろいるでしょ」
「えーと、だってほら、ちょっと変わったところで賑やかにいきたいというか」
「邪魔しちゃ悪いしねー。ああいう人らって、ほんと繊細だから、できればこちらからお願いはしたくないなー」
「ツーピースを呼ぶためですよ」
エコが俺の腕を掴む。
しょうがねぇじゃねえか。もう正直に話して断られたら断られたときだろ。
「あ、あー。なるほど」
「そりゃうまい手だわ。プロのFPSプレイヤーで隊員を固めるのね」
二人は素直に感心した様子で俺たちを見比べた。
「勝ちに行くんだ」
「そのほうが露出が上がるでしょ?」
エコは猫をかぶるのをやめ、いつもの調子で口にする。土塁はやや面食らったようだったが、吉瀬はにやりと口角を上げた。
「これだけ金をかけたゲームだもん。優勝したらゲームタイトルと一緒に各メディア名前が出るし、そのゲームが流行っているあいだ初代チャンピオンとして名が挙がるし、そのときの動画は初心者がまず見る動画として擦られまくる。こんなおいしいことないよ。それに」
すこし二人を見比べる。
「企業勢の鼻もあかしてやりたいし」
怪人は二人して小さく笑った。
「なるほど。じゃ、頼んでみますか」
吉瀬があっさりと応える。
「いいの?」
「そりゃ、うちらも目立ちたいしね。べつに犯罪に手を染めるってわけでもない。頼むだけ頼んでみましょ」
吉瀬がスマホを取りだし指をかける。エコがテーブルのしたで拳を握る。
長かったなあ、ここまで。
「連絡はつけてあげるけど、最後に頼むのはあなたたちだからね。ネットで話した感じだと、かなりの変わり者だから覚悟しておいて」
拳と笑顔が解かれる。
あーあ。なんでもいいから早くそのゲームがやりてぇ。




