3 俺はバ美肉された側
「答えろよ。なんであんたあたしと、ぱふぇ子と同じ顔をしてるんだ」
エコは舌打ちプラス俺を睨んで言う。
「ぱふぇ子はきみ一人でやってるん、ですか? なんかVチューバーって会社とか事務所とかいろいろあるけど」
「ああ? あたしが勝手にやってんだよ、一人で。質問に……」
「じゃあわかると思うけど、頼んだだろ? フリーのCGデザイナーに。ぱふぇ子の3Dモデルを。それが俺の親父なんだよ。親父はそのとき会社クビになった直後で、金も時間もなかったから、手近なとこで俺の顔を取り込んでちょっとイジって済ませたんだよ。そんときまだ俺は中学生だったし、注文は女子高生って設定だったから、多少おとなっぽく女っぽくしたみたいだけど」
理解が広がるにつれ、エコの顔から不可解なものに相対した嫌悪が消え、面白がるような表情が浮きあがる。
「ふーん。へー。はーん。あんたの親父さんがキャラの作者、ママってわけか。親父さんがママ。ママ親父さん。そのママ親父さんがかわいい我が子をねぇ」
笑いながら俺の顎をつまんでグイグイやる。
「あんた名前、なんだっけ?」
「ライカ。小豆畑雷火」
「へっ。ゴツい名前。顔に似合わず」
イラっとしたのが顔に出たのがわかる。エコは気にも留めないが。
「なるほど、ね、ね。リアルな造形だしモデルいるのかなーとか思ってたけど、まさか男とは思わんかったわ。あんたがねー」
俺は顔をひねり、指から逃れる。
「それであんたはマスク男子やってるってわけか。けけっ」
見下ろす目がゆがむ。
その笑みの底意地の悪さ。本日二度目、エコに対する印象が変わる。
一日に二度、誰かの印象が変わるなんてこと、そうそうないだろ。
クラスの端にこいつを置いて遠ざけて、あいだに三十人挟んで学校生活をしたい、そう思う笑みだった。
そのかわり中田をちょっと近めに置いてもいいから。
「おまえもマスクだろうが」
「あたしは万が一にも風邪とかもらって喉痛めたくないだけだっての。商売道具なんでね」
指にひっかけたマスクをくるっと回す。
「しかし、隠すようなことかね。ちょっと自分と同じ顔がネットでかわい子ぶって媚びこびの動画あげて男に囲われてるってだけで。べつにいいじゃん。人気に乗れよ。会話のきっかけにしろよ。見事に浮いてねーで」
負い目がさらけ出されて逆ギレに至る回路が再生される。逆でもないが。まったく正当な怒りだが。
「てめえ、ひとがどんな目に……。こっちは中高一貫だったのにエスカレーター抜けてきたんだぞ」
「なーんでだよ。なにが害があんだよ。あれか、全裸モデルが配布されたからか。それで同級生がシコったか。あんま出来よくないけどな。所詮素人製だし。あんたは親父さんを誇るべきだね」
「誰があんなやつを……」
「それで、あたしにどうしろって? いますぐ引退しろって?」
言われて、口をつぐむ。
「それは困る、だろ? 失業中だったあんたの親父さんが結構稼げるようになったのは、ぱふぇ子の生みの親ってブランド力が大きいもんな。知ってるぞ。あれからちょくちょくバージョンアップ頼んでるけど、メールのやりとりでも忙しそうなの伝わってるからな。あんたはぱふぇ子を恨んでるけど、ぱふぇ子に食わせてもらってるって部分もあるわけだ」
そうだ。俺は片親で、その残った親はさきの知れない自営業だ。
朝食の献立にも量にも文句なんて言えるわけがない。
俺にはこいつを止めることはできないし、父親に当たることもできない。
それをわかったうえで、こいつは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「あたしはやめねーよ? あたしだってやっと稼げるようになったんだ。これからもっと昇っていって、いつか詩妃ユウを超えてトップに立つんだからな」
俺にとっては悪夢としかいえない夢を語ったところで、扉がノックされた。
俺とエコは同時にマスクを装着する。覚えたくもない共感を覚える。
あっちは全然感じてないんだろうけど。
こいつがあれだろ、世に言うサイコパスってやつだろ、絶対。