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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
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二 本人登場

「ぱふぇ子ちゃん!?」


 マスクを外した俺を見て、源ルゥチは顔面を弾けさせ今日一番の大声で叫んだ。


「しっ! こんにちは。はじめまして」


 正真正銘はじめまして。ネットで話したこともないのにオフ会ってなんなんだろうな。


「ぱふぇ子ちゃん! やっぱりぱふぇ子ちゃんはぱふぇ子ちゃんだったんだ!」


 ルゥチはテーブルに身を乗りだして俺の手を掴む。

 小さな手に繋がれながら、俺はなんとか笑顔をたもつ。


「じゃあそっちの子は?」


 俺への好意を裏返したような邪見な視線をエコに送る。


「なんかすっげー自信なくしてきた」


 エコが珍しく沈んだ声で呟く。


「まあ、なんというか、影武者というか」

「そうなんだ! ぱふぇ子ちゃんくらいになると、いろいろ危ないファンとかいるもんね!」


 ほんに。


「それで今日呼んだのはね、あるゲーム会社の案件で……」

「それよりどっか行こ! ショッピングとか!」


 まるっきり俺の言うことを聞かず立ち上がる。


「案件の二文字に食いつかない。こいつほんとにライバーか?」


 エコは顔に恐怖すらにじませる。

 たしかに損得でコントロールできない相手ってのはこいつにとって天敵かもしれない。


「いや、まず話を」

「時間なくなっちゃう! 五時までに帰らないとお母さんに怒られるから!」


 年齢相応のことを言いつつ俺の腕を引っぱるルゥチによって、俺はファミレスの外に連れだされる。

 慌てて会計をするエコを待つ間もなく、都会の喧騒に投げだされていった。




 ルゥチに引っ張られ、名前は聞いたことがあるファッションビルに侵入し、華美な服の並ぶ店内に押しこまれる。


「ぱふぇ子ちゃんに会ったら、絶対コーデを見てもらおうと思ってたんだ」


 無遠慮に服をかき分け広げていく。サイズは小さいが作りは派手で凝っているものばかり。囲まれていると落ち着かない。視界が引っかからずにふらふらとさまよう。


「これなんかどうかな? こっちと組み合わせるとか見たことある感じ。ぱふぇ子ちゃんよく言ってるよね」


 そんなこと言われても、さっぱり見当がつかない。服なんて上か下かの違いしかないんじゃないのか?

 期待の眼差しを向けられ固まる俺の背後に、エコが息を切らせて追いついた。


「とりあえず着てみたらって言え」

「ああ、とりあえず試着してみたら?」

「そっか」


 受け売りを口にするとルゥチは布を抱えて試着室に入り、カーテンを閉めた。


「どうすんだよこれから」

「適当に話あわせて、気が済んだところで本題に入るしかないだろ」

「なんか生まれてはじめてさ、たかがゲームって言葉が頭に浮かんだよ。他人が言ってるの聞いてなに言ってんだこいつと思ってたけど」

「そりゃよかった」


 よくねえんだよ。

 試着室のカーテンが開き、新しい装いになったルゥチが現れる。


「どうかな?」

「いいんじゃないかな。似合ってるよ」


 ガキがどんな格好してもガキだろ。


「ほんと? じゃあこれ買ってくるね!」


 そう言うと再びカーテンのなかに戻り、着てきた服になってレジに向かう。

 ずいぶん素早い決断だ。願ったり叶ったりだが。

 笑顔の店員がはじき出した金額を見て、俺は我が目を疑った。


「嘘だろ。ゲーム買えるじゃん。ソフトじゃなくてハードが」


 もっと驚いたのは、ルゥチが出した子供らしい財布からぽんとその金額が出てきたことだ。


「そんなに買って大丈夫なの? 怒られない?」

「えー? ルゥチがライバー始めてから、なんかお小遣いすっごい増えたから大丈夫だよ?」


 エコを見る。


「こいつの場合、初期費用がほとんどないからな。あたしと違って。これでも親の手元にはかなり残るだろうな」


 コーラ奢られたくらいでありがたく感じていた俺が馬鹿みたいだ。


「ぱふぇ子ちゃんの服も見ようよ」

「え? わたしはいいよ」

「見ようよー。どこのお店がいいかな?」


 またも引っぱられて違う店に向かう。道すがら、ルゥチはさまざまなことを聞いてくる。

 パソコンの扱いからコラボの相手との付きあいまで。

 質問に、俺は全部伝聞で答える。エコの回答は誠実なものに思えた。ルゥチも納得するのはいいけど、俺の隣でぼそぼそ言ってる人間についてはどう処理してるんだ?


「ね! これとか着てみて!」


 新しい店の店頭に飾られたアウターを手渡され、俺は言われるままに羽織る。店員が寄ってきてお似合いですよと褒めた。あっそ。俺は買わないけど。


「ねぇぱふぇ子ちゃん。胸ってどうやったら大きくなる?」


 上着の隙間から覗く俺の胸元を見て新たな質問を重ねる。

 いままで回答を伝えてきた側から、ぐっと息を詰まらせる音がする。エコはその質問の答えを持ち合わせてないわな。俺は吹きだしそうになるのを堪えて、ルゥチの顔を見下ろす。


「大っきくなりたいの?」

「だって、そのほうがいいって、雑誌とかで」


 事務方も黙っちゃったし、俺が答えなきゃならない。


「わたしの胸、よく見てみて。ネットに上げてるモデルより、小さいと思わない?」

「そうかも?」


 今日は面倒だったしパッドを少なめにしたからな。


「あれはね、ちょっと盛ってるの。そのほうがウケるかなと思ったのは事実。でも、他人にどう見られるかなんてのはプレッシャーに感じるほどのことじゃないよ。盛りたければ盛ればいいし、そうでなきゃ自分のまま、出しちゃえばいい」


 眼の前の顔が輝きを取りもどす。自信持って答えられて良かったよ。俺も自分の容姿に関してコンプレックスを乗り越え済みで。


「そうだね! さすがぱふぇ子ちゃん!」

「納得した? よかった。わたしは服は、今日は買わないでおこうかな」

「えー。じゃあ次は」

「仕事の話を……」

「カラオケ行こっか!」


 挟まれたエコの口を弾き飛ばしながら、ルゥチはまたも俺の腕を引っ張っていった。




「二人」

「三人です」


 地下のカラオケボックスに三人で入る。ルゥチは慣れた手つきでデンモクを触りだす。


「なに歌う? 一緒に歌って!」

「わたしはいいよ」

「えー?」

「それよりルゥチの歌、たっぷり聴きたいな」

「わかった!」


 ルゥチはアイドルソングを流すと、マイクを手にした。話していた声とかけ離れた、年齢とは結びつかない深みのある歌声を狭い室内に響かせる。エコほどではないが、大したもんだ。


「わー、上手いねー」


 俺が素直に褒めると、ルゥチは満面に笑みを湛えつぎの曲を探し始めた。

 歌っては褒め、歌っては褒め。そんな繰り返しが数回つづくと、いくらおだてても、さすがに息と楽曲が途切れ始める。


「ぱふぇ子ちゃんも歌ってよ。生歌聴きたい生歌。デビュー曲の」


 そう言うとルゥチは止める間もなくぱふぇ子のデビュー曲を入力してしまう。俺がこの一ヶ月、数え切れないほど聞いたおなじみのイントロが流れ出す。

 マイクを取るように促され、拍手で立ち上がらせられる。反射的に、身体が覚えこんだ振りつけをしてしまう。人生で一番聞いた曲だから、脳に刻みこまれちまってんだな。

 俺のゆったりとした身振りを見て、ルゥチの目が期待にきらきらと輝いた。

 だがどうしよう。

 俺は踊りはできても、エコのように歌えはしないのに。


 マイクを口に当て、唇を開いたときだった。

 人生で一番聴いた、あの歌声がスピーカーに乗った。


 ルゥチと二人して振り向くと、もう一本のマイクを手にしたエコがゆっくりと立ち上がるところだった。

 こういうの、テレビ番組で見たことあるな。


 曲の終わりまで聴いてから、ルゥチは困惑しながら俺たちを見比べた。


「え? え? どういうこと?」

「だからー、あたしがぱふぇ子だって言っただろ」


 エコがマイクを置いて言う。

 ルゥチは納得していないようだった。というか、したくないのか。


「つまりその、わたしたち二人でぱふぇ子なの。ビジュアルのモデルとダンスの担当と、声の担当で」


 俺が口にしたでまかせに、ルゥチはぶんぶんと頷いた。


「そうか! そうなんだー! なるほど、よろしくね。歌のお姉さん」


 エコがこんなに疲れた顔をするのも初めて見る。


「それじゃ、納得してくれたところで本題話していいか?」


 エコはゲーム会社からもらった資料を取り出し、ルゥチに一部手渡そうとしてから、静止した。


「あ、あー。あんたさ、さすがに小学、六年生だよね? 何月生まれ?」

「それって重要?」

「一番重要」

「四月だけど。このまえ十二歳」


 よし、とエコは頷く。そういえばゲームは年齢区分が十二歳以上だったな。今日一日が無駄になるところだった。

 資料を指し示しながらされる説明に、ルゥチはあまり興味なさげだった。


「いいよ。その日空いてるし。あんまりそういうゲーム得意じゃないけど。クラスの男子は好き。あいつら年齢ごまかして大人向けのゲームもやってるんだ。鉄砲で人撃つゲーム。やっちゃいけないって学級会で言われたのに」


 やりたくなるんだよなあ。俺も身に覚えがあるから強く言えない。

 それからエコは、つぎの人脈への渡りをお願いする。


「鶴子さんを紹介? いいけど。あの人のチャンネル出たいなら出たいって言えば、ぱふぇ子ちゃんなら出してもらえるんじゃない?」

「いろいろあってね」

「まー、それなりに話すけど、どうかなあ。結構忙しそうだから、急にとなるとなあ」


 ルゥチは口にしながらスマホに指を滑らせ、なにやら文字を入力していた。


「いいって」

「よっしゃ」


 やれやれ、やっと用事が片付いた。

 インターホンが鳴る。ちょうどカラオケボックスも時間のようだ。


「やば、時間」


 ルゥチは鞄と買い物袋をかき集めると、素早く立ち上がる。

 門限か。ここまで散々散財して遊び歩いても、そいつは守らないとな。


「じゃあね、ぱふぇ子ちゃんと声のお姉ちゃん!」


 手を振る俺たちを順番に見て、扉を開けてさっさと行っていまう。

 手を下ろすと、二人同時に溜め息をついた。


「人付き合いって大変だな」


 エコが俺みたいなことを言った。




 翌日、登校して教室に入るとエコと近藤がなにやら話していた。


「あーごめん。牛乳も飲まないんだ。わりとおなか弱いから」


 そしてまた中田にさらわれて飲まれ、エコは一人肩をすくめる。


「そういや小豆畑さあ、昨日渋谷とか行った?」

「行ってない」


 中田の問いに即座に答える。


「じゃあ違うか。なんかぱふぇ子にすっげぇ似た女が、子どもに引っ張られて歩いてたとか流れてきてさ」

「へー」


 画面を眺める中田に、近藤も自分のスマホを取り出す。


「ぱふぇ子本人は源ルゥチとオフで遊んでたんだってさ」


 源ルゥチの呟きを見せてくる。


「それ知らねぇな」

「いるんだよ、そういうのが。ぱふぇ子ちゃんすごく優しくてなんでも相談に乗ってくれて、ほんとのお姉ちゃんみたいだったって。いいなあ、仲良くて」


 ルゥチの頭のなかで俺はそれほどの評価を貰ったのか、それともあいつなりの営業トークなのか。

 俺とエコは、また二人同時に首をひねった。

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