二 悪巧みvs悪巧み
「どうも、はじめましてぱふぇ子さん。本日は、急なお呼び立てにも関わらずお越しいただきありがとうございました」
プレゼンのあと、細かい打ち合わせのためグループごとにばらばらにされ、小さなブースに分けられる。
俺たちの担当は、さきほどまでそのプレゼンの司会をしていた男だった。間近で見るとまだまだ若く、責任者なのか進行役だけを務めているのかは判断がつきかねた。
「はじめまして〜。そんな、暇な個人勢ですから、いつでもお声かけてください」
エコのやつがいかにも初々しいって風な営業スマイルと声をまとう。さっきまでだるそうにしていたのに、急に立派になれるもんだ。媚びもほどほどにしておけよ。いかがわしい店みたいだぞ。
「そちらのかたは?」
「友達です。マネージャーとかいないんで、不安なんでついてきてもらいました」
それならそれでいいけどさ。
「どうも」
俺はなるべく高い声で挨拶する。男はなるほどとうなずいて、あとはエコだけを見るようになった。
「それで、今回の依頼の詳細なんですが」
また新たな資料を手渡してくる。A4十枚くらいの紙束で、表紙にはコードネーム「フェイスウォー」と書いてあった。
バーチャルユーチューバーを使って「顔戦争」ねえ。揶揄かな。
「みなさんには二週間後、さきほど説明したアバターと顔認証を使ったあるゲームで対決してもらいます」
資料をめくる。インフルエンサーを指揮官にした大規模戦闘ゲーム、へえ。あんまり好みのコンセプトじゃなさそう。
「どんなゲームなんですか?」
「実はゲームの詳細はお教えできないんです。この機能のアップデートはプレスチ5の隠し玉で社外秘でもありますし、ぶっつけ本番でも面白いよというところをアピールしたくて。ただ六十人ほどがいっぺんに戦う、一人称視点の大規模バトルゲームだとだけ認識してください」
「一人称って、FPSみたいな? 日本から出すにしては珍しいですね」
言葉を選んではいるが、こいつ不信感持ってるな。
「顔のコミュニケーションが推しのゲームなので。自分の見た目より相手がどんな顔をしているかが大切なので。背中から見た視点だと、相手の顔の細かいところまでは見えないでしょう?」
ゲーム会社の社員さんもちょっと言い訳っぽくなる。
日本人は自分視点を苦手としているイメージがあるし、国内市場を考えろと社内でも異論があったのかもしれない。
「そのゲームでは一人の隊長が五人の隊員を率いて、さらにそれが五つ集まってひとつのチームになります。三十対三十で六十人。今回はそれぞれの事務所から五人のライバーさんが隊長として参加し、隊員はそれぞれのファンのなかから選ばれた人を特別に招待してもらいます。そして事務所と事務所で対戦しトーナメントを行う。そういった催しになります。当日は会場を貸し切って観覧も入れ、司会も入れてネット配信もする予定です」
エコも俺も、同じところに引っかかったようだ。
「事務所って」
「すみません。ぱふぇ子さんには個人勢のかたを誘ってもらって参加していただけないかと」
「私が? 二週間で? そんないきなり」
「実は今日のお話が急になったのも関係がありまして。実はぱふぇ子さんの枠には、とある芸能事務所の芸能人がチームで入る予定だったんですが、突然キャンセルされてしまいまして。どうやら別のゲーム会社のCMが決まったせいらしいぞ、と」
話の流れとはいえ、はっきりと代役と言われる。エコの笑顔に乱れはなかったが、首筋が食いしばりに反応してわずかに筋立っていた。
ナメられるのも仕事のうちみたいな顔してたくせに。らしくないことは最初からしなけりゃいいんだよ。
「それでリアルな顔モデルも動かせるという一例として、ぱふぇ子さんにお願いできないかと。お友達の個人の配信者さんを誘っていただければ。どうしても集めるのが無理であれば、こちらからまた別の配信者さんを補充することはできますが、せっかくチームプレイが売りのゲームですし、お友達を誘っていただければ」
友達友達と言われるたび、エコの目元が痙攣する。
苦手なこと、無茶なことを言われてもうなずくしかないのが、使われる立場の悲しいところだな。
「一分隊に隊長が一人、隊員が五人。発売されたらネットワーク対戦だけど、当日はオフラインイベント。もちろん隊長たちライバーと隊員たちファンは別部屋で顔バレ対策は万全、っと」
エコの家に帰って、二人で資料を眺める。カラーコピーは六部用意されていた。五人の隊長の分と予備。予備の分は俺がもらうことにする。
「マジでゲームの内容は全然書かれてねーな」
エコが不満げに言う。まだ機嫌は傾いたままらしい。
「べつに急なのはおまえだけじゃないだろ。企業勢だって準備万端って感じじゃなかったし、いろいろ不満もあったみたいじゃん」
「あ? ああ。詩碑ユウの異論か。ありゃパフォーマンスだろ」
「ぱふぉ?」
「本気で反対してたんじゃなくて、持ち帰ったあとで出る問題を先回って潰しておいただけってこと。詩碑ユウくらいのプロがあんな理由で参加しないわけがないし、本人も事務所も出場することを前提に動いてるに決まってる」
口ぶりから、エコの詩碑ユウに対する評価が知れた。
いつか超えてやると言っていた業界のトップ。まだライバルとも言えないが、良い目標なのだろう。
「いや、もしかしたら詩碑ユウはゲームの内容まで知らされてるかもしれねー。そのくらいの贔屓はされてるかも」
なんでこいつは人間関係をさわやかなまま維持しておけないんだ。
「おまえもエコ贔屓してほしかった?」
「ああ?」
「なんでもない。ゲームの内容ってあれだろ、ソシャゲでよくある、ギルドに貢献しようみたいなの。それにゲーム要素をちょっと多めにしたの。そんでライバーに隊長やらせて信者に課金させようみたいな」
「それだと一チームに三十人は少なくないか? 普通の戦争FPSに顔機能つけただけの気もする」
「でもこれ年齢区分が十二歳以上になってるぞ。子供に戦争ゲームなんかやらせるか?」
「たしかに?」
二人して薄い資料を調べても、自分らが実際になにをやらされるのかはちっとも分からなかった。
「とにかく人を集めねーとな。二週間しかない」
「おまえ誘えるライバー仲間とかいんの?」
「いるっちゃいる。けどゲームが上手いやつらじゃねーんだよな。ぱふぇ子とつるんでる連中って。ぱふぇ子自体がゲーム下手って設定だし」
「そんなんどうでもいいじゃん。下手でもわちゃわちゃやれば」
エコはうんざりした顔を向けてくる。
「トーナメント戦なんだぞ? 勝たないと露出が減るだろ? せっかく目立てるイベントなのに。決勝まで行くこと、いや優勝すること前提で考えろ」
使われる立場でも野心は忘れてないで偉い。
「じゃあゲームの上手い個人勢のライバーを集めるのか。誰がいたかな」
「あ」
エコが素っ頓狂な声をあげ、ぽかんと口を開ける。
「すげえこと思いついちゃった」
「なんだよ」
じわりと広がる笑顔を見て、いつもの嫌な予感がする。
「ダスリー誘えばいいじゃん」
「ダスリーって映画監督の?」
「そう、そいつ」
ダスリーはVチューバーにして映画監督を自称する、たしかに個人勢のライバーだ。
俳優でもあるというのか。
なにしろすべての登場人物を自分自身でモデルを入れかえ声も使いわけながら演じ、それを重ね合わせることで一本の映画を創りあげているのだ。
二人の人物が会話するシーンでは二回、四人なら四回と、撮影時間と演技の幅は膨大に伸びていく。
街角のワンカットを撮影するために百人以上の人間を演じる製作過程を公開したことでバズり、いまではかなり熱烈なファンもいるらしい。
「あの人、ゲームとかやってたっけ? ずっと映画しか撮ってない気がするけど」
エコが鼻で笑う。
「ちげーよ。考えてみ? ライバーでいくら強いやつを集めようとも、隊長たった五人でしかない。しかも上手いったってたかが知れてる。でも隊員として参加するファンなら、五人とも無茶苦茶ゲーム上手いやつで厳選できる」
「あ」
こいつはいつも最低で最高な手を思いつくなあ。
「ツーピースを呼ぶのか」
FPSで有名なプロゲーマーチームの名を口にする。
「そ。あそこの連中が揃ってダスリーの痛い信者ってのは知ってるだろ? ダスリーを誘えばあいつらも自動的についていくるってわけ。プロゲーマー五人も入れればあとはそれなりでも絶対勝てる!」
拳を握り力説する。
「そんでおまえ、ダスリーと知り合いなの?」
「全然。興味ないし映画見たこともない。炎上とか厄介事とかで知ってるだけ」
「そんなんで誘えるのか?」
「あー。だから順番が大切だな。プロゲーマーが誘われたら絶対に断らないダスリーが、誘われたら絶対に断らないライバーを探して、またそいつが誘われたら断らないやつに声かけて……」
指を折って数える。
「あのさ。もう普通にやらねえか? 仲良いやつ誘って」
「駄目だ。あたしが代役だと? 二週間でアポから顔合わせから打ち合わせからファンの選抜から集合からこなせだと? くっそナメた扱いしやがって、あのゲーム会社の社員。どうせ短期間じゃロクなチームにならないって踏んでるんだろ。けど、そうはいかないかんな。どっかの企業勢を優勝さして順当に盛り上げたいだろうけど、見事に、かっさらってやるからな! あたしを混ぜたことを後悔させてやる!」
スマホを繰りながら頬を引きつらせいつもより凶悪に笑う。損得勘定もあるけど、やっぱり相当頭にきてたんだな。
俺としては、楽しくゲームできればなんでもいいんだけど。