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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
21/41

21 透明な殻

 しかし、最初の歌詞とともに天を見上げたときから、もうおかしかった。

 頭が下顎から外れそうなほどうしろに引っぱられる。

 なんとか修正し、右手を引き絞る動作。

 今度は腕に力が入らない。

 どうしちまったんだ。マジで酸欠になってるのか? いつから?

 ずっとそうだったのに、頭を大きく動かして初めて気づいたのか?


 朦朧とした意識のなか、なかば自動的に振りつけをこなしていく。

 なんだか自分ってものがなくなって、本当にぱふぇ子になった気分だ。

 ああ、バカどもが盛りあがっている。

 スマホを掲げて撮影しているやつがいる。フラッシュ炊いて写真を撮ったやつもいる。

 キック、キック、ステップステップ、息を飛ばしてくるっとターン。


 フラッシュ。ニュース番組。記者会見。テロップ。

『フラッシュによる光の点滅にご注意ください』

 ああ、それか。俺は自分で取りつけた回路で気分が悪くなってるのか。間抜けだな。

 まだ一番のサビだ。つぎはなんだっけ。吐く、吐くかもしれない。ちゃんと笑顔をたもってる?

 サビの締めだ。一度半回転してから、振りむきを決めなくちゃ。

 ウィッグがビニールに触れる。立ち位置がずれている。

 駄目だ、ぱふぇ子の動きからずれちゃ駄目だ。

 戻そうと数センチ予定外の動きをしたら、負荷に耐えられず軸足の膝が折れていく。

 淡く光るビニールが顔に迫る。


 筒は倒れていなかった。

 手を突いたのは円の内側だった。

 垂れたウィッグが床の透明なアクリル板に散り、毛先のいくつかはビニールシートとの隙間に垂れていた。

 円筒の大きさからして、しゃがみこんで頭をぶつけなかったのは奇跡的だった。

 だからなんだ。

 主を失くしても間奏は続いている。

 間奏を、生徒のざわめきが上書いていく。

 おわりだ。俺はなにをやってきたんだろう。馬鹿みたいだ。

 これで晴れてひきこもりか。嫌だな。それほどひきこもってやりたいこともないし。


「おい、どうなってんだよ! 転んだのか? もう間奏おわるぞ!」


 エコがささやき声でわめく。

 うるさいんだよ、いつもいつも、会った日からずっと。

 天衣が作った衣服の袖を見る。

 観客席に放送部二人と、プログラミング部の面々と、演劇部の道具係と、そして天衣無縫松を見た。そんな気がしただけかもしれない。

 エコに会って、あいつのせいで出会ったやつら。陰気くさい連中。みんな、楽しそうだった。


 こぶしを握る。歯を食いしばる。

 ぱふぇ子はそんなことしない、って知ったことか。

 自分の考えで舞台を作って、できないことができるようになって、それがこのまま終わるなんて嫌だ。

 俺だって、楽しみたいんだ。


「俺の言うとおりに言え。まずは……」


 声が降りそそいでくる。


「痛、たァい! 転んじゃァた!」


 手を突いた姿勢から頭を上げ、笑う。

 したを向き、衣装を手で払う真似をしながらふらふらと立ちあがる。


「へへっ。たまには失敗もあルよね! 人間だもン!」


 観客も、笑っとけ。

 もうなにが演技かなんて区別ないだろ。

 身を起こしきるのと同時に二番の口パクと踊りから再開すればいい。

 がんばれーって声援ありがとよ。女児アニメの映画かよ。

 本物のぱふぇ子がどうとか知ったことか。

 俺がやってるんだ、俺のできるようにしかならねぇよ。

 バランスが制御できないまま振りつけが大きくなる。

 それに呼応して歓声も大きく返ってくる。

 エコの声も負けじと音源から外れだす。

 暗がりに白い歯が並んでいる。

 フーフー言ったり手を左右させたり、この曲そんなコールとかあんのか? 即興でやってんの?


 髪が乱れるのも構わずに首を振る。

 客席に揃って生える腕が波打つ。

 引き絞った胸からうめきが漏れる。

 エコの歌がかすれを含んだ叫びに変わる。


 自分の好きなように身体を動かすたび、ぱふぇ子の衣装が砕けていく。

 全身の皮膚が剥きだしになって、燃えているみたいに熱かった。


 ちょっと記憶が飛んで、気づいたときには曲のおわりに合わせて目を瞑っていた。

 拍手でビニールシートが滝雨のように叩かれ割れそうになっている。

 このまま点滅から遮断されて、ゆっくり眠りに落ちたい。

 でも頑張って目を開ける。

 俺も根性ついたもんだ。

 さ、締めくらいぱふぇ子に戻らなくちゃ。

 ちょっと前かがみになって、両手を突きだし別れに振る。

 呼吸が苦しいのに肩で息をするわけにもいかない。

 余裕の笑みに剥いた歯の隙間で空気を往復させる。


「よし、撤収するぞ」


 いいからさっさとスモーク炊け。

 炊いた。まだか?

 なかなか煙が濃くならない。

 音が、煙が、右側からしかこない。

 左は一度鋭い音を立てたまま止まってしまった。

 壊れた? まさか、スモークを作る液剤が切れたのか?

 そうこうしてるうちに右側からの排気音も消える。


「あれ煙、止まっちゃった」


 群集の誰かが口にする。


「やべ、どうしよ」


 本気で焦った声させたって知るか馬鹿。

 おまえが養護教諭の顔にぶちまけたからだ。

 まだ片方出ているうちに逃げればよかった。

 もう遅い。

 煙は姿を隠す濃度に満たないまま、どんどん薄くなっていく。


「もう演出はいいよ」

「凄かったぞー」


 ふたたび遮るもののなくなった観客どもが笑って送りだそうとしている。

 そう言われてもこのままじゃ帰れねえんだよ。

 もう駄目だ。

 ずっと同じ動作をしつづけるってことはずっと同じ筋肉を使うってことだ。

 手を振る腕が限界だ。

 なんだか視界も暗くなってきた。

 視界のうえから暗闇がどんどん降りてくる。

 でも、暗闇は光る筒の外にあって、下がるにつれ赤く色づいていく。

 やがて床にひっそりとたわむと、壇上を広間から切りとった。




 土台のうえに座りこむ。

 エコが円筒を外して脇に置く。


「緞帳が、なんで……。うぇ……気持ちわる」


 装置の明かりが消えるのと入れかわりに、視界が広く明るくなる。

 体育館全体の照明が点ったのか。

 発表がすべておわって、みんな立ちあがって帰るんだな。


「おわったら閉じることになってたんじゃねーの! それより大丈夫かよ!」


 動くのをやめるとかなりマシになる。

 自分の不調の理由を、なんとか口にする。

 エコはわかったのかわかってないのか、俺の腕を掴んで肩に担ごうとする。


「いいって。じっとしてれば治まりそうだから」

「でもあんたを逃がさないと証拠になっちまう。装置は謎技術だからいいとして」


 半分エコに寄りかかりながら歩く。

 揺らすと頭はまだ引っぱられるが、一呼吸ごとに楽になっていく感覚もある。

 光源との距離が近すぎただけで、もともとたいした点滅ではなかったし。

 ホームセンターまで往復した消耗と本番の緊張のほうがきっかけとしては大きいかも。


 裏口へ通じる舞台袖にゆっくりと進む背に、ぱちぱちと拍手が当たる。


「いい発表だった」


 芝居がかった声に、俺のつま先を中心にして二人で回転する。

 エコが舌打ちをする。

 俺はそんな元気もないが、同じ気分だ。

 こいつ登場までかっこつけてんなあ。


「会長。ああ、あなたが緞帳を」


 会長は手を止めて舞台に歩みでる。


「途中までは本当に騙されたよ。機械のらしさも君の演技も、ひとつの余興のなかのハッタリで、疑えなかった。中野くんが裏でジェスチャーでも入力してるのかとは思ったがね。しかし小豆畑くんがこけたとき、床にぶつかる音がした。本物の床にね。最前列でも私しか気づかなかったようだが。どんな技術にしろ、まさかCGに重さがあるわけがないだろう?」


 ぎりぎりと歯を軋る音がする。

 頬の骨同士が触れてるから骨伝道で凄ぇ聞こえる。

 一度歯医者行ったほうがいいぞ。心配になる。


「素晴らしい盛りあがりだったな。演劇部が一番かと思ったが、君たちも負けていなかった」

「それで、みんなのまえで暴くのは、やめたってわけですか」


 会長は目を細め、いまは赤い幕に遮られた客席を見る。

 エコが俺の重心を傾ける。


「もう行こう。廃部でしょ。もういいよ。それよりあんた、どっかで休んで、治らないなら医者行かないと」

「廃部? なぜだい?」


 俺はエコの手を解き、自分の足だけで立って会長に正対する。


「君たちはこの三週間、おそらく運動部顔負けの練習量でダンスを身につけ、演劇部もかくやの演技を学び、試行錯誤しながらその装置を工作して、本番のトラブルも乗りこえて発表会をやり遂げた。だろ? 言っただろう? 気が狂うまえに運動でもなんでもやって、時間と体力を使ってもらいたいって。そのとおりのことをしてくれたじゃないか」


 会長の言葉を聞いていると、なんだかまたふらふらしてくる。

 こいつの口調も態度も髪型も、すべて俺たちをここまで乗せるためのものだった気がしてくる。

 エコが彼女を嫌う理由もそれかもしれない。

 天然でこれをやられたら、演技派はたまったものじゃない。


 ふらつく俺を射止めるように会長は指差してくる。


「三週間前はいまにも不登校になるか、校舎に火を点けそうな顔をしていたからな、君も。見違えたよ。いい顔してるじゃないか。いや、顔のつくりのことじゃあなく」


 顔。

 そういえば俺は、俺として素顔を見られてしまった。

 言われるまで忘れていた。

「というわけだ。電子工作部の活動を認めるよ。一年後はこれに並ぶものを、トリックなしで出してくれ」


 踵を返して舞台袖に歩み去ろうとする。


「ああ、そうだ。うちの係りのものを見なかったか? 裏口の誘導役の」

「さあ……。体育倉庫とか探しました?」

「体育倉庫ね。なるほど」


 そこで足元に置いてあるものに視線を落とす。


「それから、この機械は演劇部に返しておきたまえ。煙の素を補充してな」


 今度こそ舞台袖の暗がりに消えてしまう。

 隣でエコが顎をしゃくれさせて、ねぶたの人形みたいな顔をしていた。


「夜道でポカっとやっちまおうか」


 さっそく正攻法で勝つことを諦めるなよ。


「帰ろう」


 まったく、疲れた。




 その日のうちに病院に行ったが、散々待たされたあげく、三分くらい話をしてなにも処方されずに帰された。

 いま気分が悪くないなら様子を見るしかないですね、だと。

 そりゃあんだけ待たされたら治っちまうよ。名医か。


 土日はプログラミングについてネットで調べてすごす。

 ダンスの練習に当てていた時間に読むと、いままで尻込みしていた分野にも不思議と集中できた。

 持って帰った衣装は畳んで紙袋に入れてクローゼットにしまいこんだ。

 パンツは捨てた。

 月曜日に部室に行ったら装置の解体も始めなくては。

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