20 お人形ごっこ
煙の音が止まり、わずかな間のあとエコが土台のスイッチを入れた。
急に明るくなった視界に、俺はCGキャラクターの間抜けな笑みをしかめないよう堪えた。
俺はぱふぇ子だ。ここにいるのはCGで作られたぱふぇ子だ。
靄が晴れていくにつれ、ビニールの筒ごしにざわざわとした呟きが聞こえだす。
「えー、お集まりのみなさん初めまして。電子工作部でございます。私たちが発表しますのは、いまは部室で制御に当たっておりますが、一年生ながら天才的な技術と情熱を持ちます我が部のエース、海外に留学していれば飛び級は確実と噂される小豆畑ライカ製作、高解像度、超多角対応のホログラフィックディスプレイにございます。名づけてスーパーホログラフィック・スリーシックスティ!」
空間全体がどよめく。
遠慮がちな拍手。
決して合わせてはいけない焦点のなか、最前列の生徒会長が脚を組んでるのがわかる。
相変わらずかっこつけておいでですね。
なんか最前列から聞いたことある叫び声がしたな。
「凄くね? ホログラみんぐってあんな綺麗なの? いま」
「あーなんかニュースでやってたなあ。そういえば」
最新技術に興味のない人間のイメージなんてこんなものだ。
「えーでもありえなくね」
「おかしいでしょ。高校生があんなの」
それでもまばらに上がる懐疑の声に合わせて、俺は動作に入る。
待機モーションの途中で割り込まれたように不意に。人間なら意識した部位だけを動かすところを、あるポーズから違うポーズへと全身を均一に動かす。
パントマイマーの動画を見て研究したこの不自然さを、俺たちは最後の詰めとして特訓してきた。
にっこり笑って、上げた腕を振る。
ただそれだけの動きで俺を見る無数の目が見開かれる。
点滅によって細切れにされた腕が残像を引く。
「やっぱり映像だって! すげー」
「てかあれなんだっけ。あれとコラボしてたあれだよな」
「ぱふぇ子だよ!」
ああ近藤か。立ちあがるなよ。
「お気づきのかたも多いようですが、これに今日は人気Vチューバー、珠稀ぱーふぇく子の自作モデルを投影いたしまして……なぜぱふぇ子かというとライカが大ファンだそうです。で、これまた我が部製作による自動応答プログラムとダンスシーンのデモンストレーションを行いたいと思います。では放送部のかた、マイクを誰かに、ではお隣に渡して」
全員の視線がエコではなく俺に向いているのを感じる。
「では私がこんにちは、と呼びかけて質問受付モードに入ったら、なんでもいいので質問してみてください。そちらのマイクに向かって、はっきり大きな声でお願いしますね」
エコはそう言いながら視界から消え、装置の背後に回る。
「こんにちは、ぱふぇ子ちゃん。……こんにちハ! 珠稀ぱーふぇく子デす!」
声色を変えたエコのセリフを合図に、俺はまるで目のまえに突然誰かが現れたみたいに顔を向け、口を開閉させる。
まずはタイミングも完璧。
おお、とさっきの何倍ものどよめきが溢れる。
「喋った!」
「でもちょっと不自然じゃね? 合成丸出しじゃん」
そこに食いついてそこに引っかかるのか。
ホログラムのが超技術なんだけど。
「人工知能ってやつ? そんなの高校生に作れるの?」
「しっ。質問させてみようぜ」
生徒らの視線がマイクを持って立つ女子に集中する。
実際には人間が答えるのだからどんな質問でも対応できる。
だがいきなり最初から、質問になってない質問や品位のない発言で場を白けさせるのは避けたかった。
仕込み以外でその可能性を低くするために、放送部の隣にマイクを渡した。
生徒会長と放送部に挟まれた最前列なら無難なことしか言わないだろうって算段だ。
「ええと、ぱふぇ子さんは、休みの日はなにをしているんですか?」
まさにこういう、芸能人が映画の宣伝でバラエティに出たときみたいな質問が欲しかったわけだ。
小首を傾げてにっこりと笑い、背後から聞こえてくる声に合わせ口を顎から動かす。
「最近ハ、おでかケしては写真を撮るのにハマっていまス! なにゲない写真デも、あとから見ると楽しかァたりするんだヨね!」
カメラを構える真似。
今日一番の歓声が返ってくる。
「そうなんだ~かわいい今度アップしてね」って感心しなくていいんだぞ近藤。
この回答は二次創作なんだから。
本人が答えているのに二次創作もおかしいか?
背中に咳払いがぶつかる。
部員として喋るから間違えて口を動かすなよって符号だ。
「ではつぎ、マイクをうしろの席に回してもらえますか?」
一度手本ができてしまうと、大勢のまえで目立ちたくないのだろう、みな無難な質問を繰りかえしてくれた。
「好きな映画ハ、トリストーリーだヨ! 九官鳥のシぃンは何度見テも泣けちゃウよね!」
笑顔、泣き顔、頬をぬぐう仕草。
「歯磨キは一日二回。朝と寝ルまえにしマす!」
笑顔、ピースサイン、腰に左手を当てる。
ときには質問を聞き違えたふりをし、的外れな回答も混ぜる。
あまり順調すぎるとリアリティがなくなる。
「柳瀬元帥さんとは会ったことはないです。曲のやりとりだけですね!」
笑顔、困り顔、こぶしを胸のまえで上下させる。近藤がどさりと椅子に落ちつく。
「よかったぁ」
よかったね。こちらも順調だ。
これでエコが気を変えてくれればもっとよかったんだけど。
咳払いのあとにつづく声は、やはり打ち合わせどおりの人物にマイクを回す。
「では最後に、生徒会長も、どうぞお試しください」
この挑発的な人選に関しては最後まで反対したのだが、エコは頑として譲らなかった。
どうせどさくさに紛れて失礼なことでも言ってやろうと思ってんだろ。
リスク取るよなぁこいつ。
マイクを受けとった会長はしかし、その手を下げたまま、いままで質問した誰よりも大きな声を館内に響かせる。
「そのまえに、中野くん。ちょっとまえに出てきて質問に答えてくれないか?」
ほらこういうことになる。怪しまれてるんだって。
舌打ちしてねぇで責任取れよ。
エコはマスクを引きあげながら俺に背中が向く位置まで歩みでる。
「恥ずかしいからあんまり出たくないんですけどー。私に答えられることなら、どうぞ」
頭に手をやり照れているふりをする。
「この自動応答プログラムは実際にはどんな仕組みなんだね? プログラムも自分らでしたのか?」
エコがどんな顔をしているのか、背中からだろうと俺にはわかる。
だから安心して間抜けなCGのふりを続けられる。
「もちろんすべて自前というわけではありません。というよりむしろ、既存の技術を組みあわせたものですね。音声認識はIT企業が公開しているエンジンを使っています。それをまたべつの応対プログラムに流し、最後は本物のぱふぇ子の動画から抽出した音声を組みこんだ読みあげソフトに出力しています。しかし個々の技術は借り物とはいえ、さまざまな質問に対応する回答の入力や、音声を単純な五十音だけでなく自然な発声になるようにする抽出や、統合して作動するよう組みあげたのには我々の努力が詰まっています」
おつかれさま。百点。
会長も頷くしかないみたいだ。
「なるほど、ありがとう。では質問してみよう」
素早くマイクを口に当てる。
しまった、なにを疑ってるにしろ、狙いはこっちだったのか?
エコが反転して装置の裏側に隠れるまで数秒かかる。
「ぱふぇ子さんの好きな食べ物はなんですか?」
映像で間を繋ぐしかない。
左手を顔のまえで握り、右手で宙を摘む。ゆっくりと互いの手首を返して半円を描く。
振りむいたエコの視線を感じながら、角度を変えて三度、同じ動作を繰りかえす。
エコが視界から消えると同時に、左手のさき、皮を剥いた場所にパクリと食いつく。
「バナナです!」
気配が背後に達した瞬間、俺の口に声が重ねられる。
マイク離して一息ついてんじゃねぇよ自分で招いたことだろ。
こっちは表情も緩められねぇ深呼吸もできねぇんだぞ。
「それでは残り時間で、ぱふぇ子さんのライブを投影しておわりにしましょう。放送部さん、曲をお願いします」
ちょっとした間のあと前奏が流れだす。
聞きなれた曲に体育館が色めき立つ。
めいめいなにか口走りながら手を叩いたり床を踏み鳴らしたりしている。
あとは決めるだけだ。
エコが息を吸う。