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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
19/41

19 舞台袖まで

 金曜日、部活紹介兼発表会の当日、俺たちは早朝から登校し忙しく動く。

 百均で買ってきたレジャーシートをガムテで繋ぎあわせ、装置を覆うほどの大きさにする。

 コスプレした俺と装置が体育館裏まで移動する目隠しが必要だと昨日気づいたのだ。

 それから、ぱふぇ子の衣装に洗濯のりをスプレーし、アイロンでパリっとさせ、スカートは狙った場所で曲がるよう折り目を入れる。

 ウィッグもジェルでやや不自然にまとまって動くように固める。


 一二時限だけ授業をやって、あとは一年生は全員参加、ニ三年生は自由の発表会で一日おわり。

 発表する側以外にとっては休日みたいなもんだが、こっちはいよいよ気が気でなくなる。

 トリの電子工作部の出番まで二時間ほど、気合入れて最後の仕上げをしなくてはいけない。


 まず着替えから。

 またちょっと憂鬱になる。

 壇上で短めのスカートを穿いて踊ることを考えると、どうしてもスカートのなかまで女装しなくてはならない。タイツも嫌だが下着は……。


「なんで黒なんだよ」

「目立たないようにだろ」

「だったら黒のスパッツとかでいいじゃん」

「男子高校生が女のCG作るとして、そんなもん穿かせるか? パンツに決まってんだろが股に手ぇ当てて訊いてみろ」


 そうかもしんねぇが、ああ嫌だ。

 またも新品を買ってきたエコには悪いが、おわったら即、燃えるゴミに出してやる。


 それから装置の最終テスト。

 部室のカーテンをきっちり合わせ、余っていたプラ板を立てかけて遮光し、もとから暗い蛍光灯を消す。


「どう? っぽくなってる?」


 俺がスイッチを入れると、なかに入ったエコが手を振る。

 指の振りは細切れになり、残像が尾を引いていた。


「いいと思う」


 控えめな表現だ。

 俺が入って曲に合わせ踊りはじめると、エコは手を叩いた。


「これだ。映像にしか見えない。ここまで変わるかー」


 異論はなかった。振りつけを最後まで完璧にこなし、筒を持ちあげる。

 エコに手伝われ、外した上部を引っくりかえして床に置き、土台から踏みだしたときだった。

 段差から降りるちょっとした前傾が、止まらなかった。


「おい?」


 膝を突いても上体はそのまま倒れていく。

 振れた頭からウィッグが落ちる。

 そのうえに手を置いて、やっと静止した。


「おい、どうしたんだよ!」

「わかんねえ。ちょっとふらっときた。二人入ったから酸欠になったかな」


 自分で言って、おかしいと思う。

 二人合わせてもたいした時間ではなかったし、入れ替わるときに空気も動くはずだ。

 そもそも水槽っぽいのは見た目だけでたいして密閉されてないし。

 風邪でもひいたか、マスクつけてるのに。


 頭の揺れるような感覚が治まると、左の手のひらに痛みがあった。

 なにかを床に押しつけている。

 持ちあげると、ウィッグの不気味な散らばりの隙間から、細かく砕けたクリームやチョコやウェハースが覗いていた。

 ぱふぇ子の髪飾りが、体重を支え、バラバラに砕けている。

 ウィッグを持ちあげてもついてくるのは髪に留まった金具だけで、天衣無法松謹製のアクセサリーは床に撒かれたままだった。


 無言で顔を見合わせる。

 殴るなら平手にしといてくれよ。こぶしはやめろよ。目はやめろよ。


「ま、しょうがない。そいつが欠けたって、ぱふぇ子だってわかるだろ。放送部に毎日曲もかけさせてたし」


 エコは愛想笑いのような半端な表情をした。床から破片の一つひとつを拾いあげ、手のひらに集めていく。

 ぱふぇ子のなかで唯一、自分がデザインした髪飾りの一部の全部を。

 大きなクリームの欠片、途切れたチョコレートのソース、断面まで本物そっくりなウェハース生地。


「直そう」


 口にする。

 エコは手のなかを見ながら首を振る。


「いいよ。こんなのどうしようもないじゃん」

「じゃあ作ろう。新しく」


 俺はそこらへんのビニール袋を広げ、促す。

 エコは拾い集めた欠片をそっと流しいれたが、そのまま顔を上げなかった。

 まるで自分もその袋に入らなくちゃいけない、みたいな顔をしている。


「作るって、どうやって?」

「それは」


 いや、俺はできる。俺たちならできるはずだ。

 紙粘土、じゃああの造形は難しいしダンスで頭を振るのに耐える強度まで乾かないか……。

 壁の掲示板に、半月に三日月が重なったような木片が押しピンで縁取られていた。

 マスクド・タスク。

 クラスでちょっと舐められてようと、俺たちはマスクのしたに牙を持っている。

 エコには3Dモデルを扱う知識があって、俺にはもろもろの実物を扱う工作技術がある。

 確信は嘘を吐かないから確信なんだ。

 モデルと実物。マスクド・タスク。モデルを実物……。


「3Dプリンターだ! ぱふぇ子のモデルからこの髪飾りの部分だけを取ってきて、ホームセンターの3Dプリンターで立体にすれば、色塗りは俺がやる!」

「でも時間が……。間に合わなかったら」

「いいから、やってみよう!」


 俺は部室を出ようとして、慌てて引きかえして服を脱ぎだした。




「自転車があればいいのに!」


 廊下を走りながらエコが叫ぶ。


「じゃあ借りよう! 野球部コンビが自転車のはず!」


 ジャージに着替えた俺とエコは薄暗い体育館に入っていく。

 壇上では演劇部がなにやらスーツを着て劇をやっていた。

 列を巡って並んだ顔を見つけ、文句のつぶやきを浴びながら膝を擦って歩みよっていく。


「近藤」

「中田」


 俺たちの声に、二人はちょっと視線を向けただけだった。

 劇に見入っているらしい。


「自転車貸して。二人とも」

「自転車? ああ」


 二人して上の空のままポケットから鍵をくれる。

 ちょっと留まって劇を見てみたい気分を押し殺し、体育館を出る。


「じゃああたしは家からデータを持ってくる!」


 近藤の自転車に跨ってエコが言う。


「じゃ俺は先行って、ペイントの材料買って店員にはなしつけとく!」


 中田の自転車のサドルを下げ、学校のそとへ向け自転車を走らせる。

 校門のところで別れると、学校よりもさらに郊外にあるホームセンターまで街道をひたすらこいでいく。

 歩きでは気にならなかった勾配が腿を重くしていく。

 中田、世の中には電動アシストってもんがあるんだぞ。


 ホームセンターで絵の具や筆や割り箸を買い物カゴに入れていく。

 店員を呼んで工作室の予約をする。

 買ったものを開封したり確認したりしながら待ちうけるが、時間がどんどん過ぎていく。

 エコが店内を駆けてきたのは十五分ほど経ってからだった。

 3Dプリンターに接続されたラップトップにUSBメモリを挿しこみながら喘ぐ。


「ファイル変換するのに手間取ってよぉ。サポートされませんがいいですかとかいちいちよぉ。近藤の自転車は電動アシストついてねぇしよぉ」


 重たい瞬きをしながら移したファイルを開く。


「待てまて。いけてるか? なんかポリゴン欠けたり不具合出るかもとか書いてあった。大丈夫だな」

「待てって。縮尺が、これじゃ滅茶苦茶デカい。縮めないと」

「あー待てまて」


 細かく調整を繰りかえし、やっと3Dプリンターを動かす。

 ガラス箱のなかで作られていく塊を二人して見つめる。

 寄せあった頬のさきで、のろのろ動くノズルに吐きだされた白が羽化したての甲虫のように丸まり、しだいに絡みあった羽を伸ばしていく。

 吐息ごとに一段いちだん、層が重なっていく様子を、俺たちは最後まで見つめつづけた。


 皮を剥かれた髪飾りの裸体を取りだし、綿ボコリに似たプラスチックの後れ毛を取りのぞくと、デジタル工作室から出て木の机へ。

 地層のようなデコボコを紙やすりで均す。

 荒くあらく、優しくやさしく。


「ほんとなら下地からやりたいとこだけど、乾燥する時間がねぇから」


 時計を見る暇もない。自分の勘を信じ、いきなりアクリル絵の具を塗っていく。

 クリームの白、チョコレートのコゲ茶、ウェハースの小麦色。

 エコがスマホに表示する見本も必要なかった。


「あんたなんでこんなことできんの?」

「親父の趣味仕込まれて、ガキのころはプラモとか作ってて」


 順序もバラバラに乾いたところから細い筆で色を重ねていく。

 ウェハース生地の最後のくぼみに色を落としたあと、全体をぐるりと回して見る。

 エコが俺の顔ごと下敷きで扇ぐ。

 壊れたほうについていた金具とで瞬間接着剤を挟む。

 金具を摘み、顔と顔の中間に掲げる。

 天衣の作ったものに比べ、それは……。


「よくできた偽物って感じだな」


 俺は自分で言ってしまう。

 エコの目はクリームとチョコの網目を透かして俺を見た。


「完璧だろ。さ、帰ろう。うーわ時間やべぇ」


 どう運んだものか悩むまえに、エコが自分の頭に髪飾りをつける。

 絵の具や紙やすり、もろもろの道具をそのままに、二人、店から駆けでる。

 あとで片づけに来ますから。

 駐輪場の自転車に張りつき、道に飛びだす。


 エコは坂道の上りは唸りながら、下りは叫びながら走る。

 俺も真似する。

 俺たちは二人してうーうーわーわー言いながら学校へと帰っていく。




 自転車から鍵を引きぬいた時点で出番の二十分前だった。

 部室に駆けこんで慌てて着替える。

 一番時間のかかる下着はそのままだったので早いもんだ。

 ウィッグを被りエコを呼ぶと、エコは俺の頭に手を伸ばしせっかく被った偽の髪を取ってしまった。


「なんだよ」

「仕上げがまだだろ」


 自分の鞄からポーチを引きぬき、そこから化粧品を出して広げる。

 俺を椅子に座らせ自分も向きあって腰を下ろすと、ぐっと顔を近づけてくる。

 朝から顔合わせててなんだが、こいつ、自分も化粧してんのか? 晴れの舞台だから?

  どうせ外ではマスクつけるんだろうに、なぜリップまでしているんだ。


「目を瞑れよ」


 瞑った。考えていない。


「こんな時間」

「すぐ済むから」


 肌をなにかが叩く感覚、なぞる感覚がつづく。

 頭のなかで秒を数えるのを止められない。

 ウィッグが被せられ、最後に前髪がわずかに重くなる。


「うん。できた」


 目を開ける。エコが手鏡を渡してくる。

 映ったのは均一な肌と柔らかな輪郭をした、ぱふぇ子だった。

 きちんと髪飾りもつけている。

 自信と勇気が湧いてくる。

 ぱふぇ子に近づいたからじゃない。エコがやるべきことをやったからだ。


「見蕩れてねーで行くぞ」


 急かされて立ちあがる。

 筒を被って繋ぎあわせたビニールシートで覆われて。

 開けておいた覗き穴を探してなかで回転する。

 エコは向かいの階段脇から用務員さんの台車を彼女流で借りてきて、土台とスモークマシンを乗せる。

 ガラガラ台車を転がす音に、筒のなかの広がらない歩幅でついていく。

 狭くて曇った視界のなか、生徒らが進行方向から避けていくのがわかる。

 渡り廊下からはみ出て、体育館の外を周って裏口に。


 開け放たれた裏口から聞いたことのある声が漏れていた。

 わざと下手に喋った声が、自分の運命がいかに残酷かを語っている。


「プログラミング部の、もう途中!」

「大丈夫だ。ここならまだ……」

「遅いですよ。あなたたち。なにやってたんですか」


 立ちどまるエコにぶつかりそうになる。

 誰の声だ?

 切れ目ごと筒を回すと、メガネの男子が裏口に立っていた。

 生徒会の一員だったか。


「なんですか? それ。とにかく運びこんじゃってください」

「あ、おつかれさまでーす。あとはできるんで帰ってもらっていいですよー」


 台車を押して通りながらエコが言う。


「そういうわけにはいきません。僕は誘導役として舞台袖から発表会を見届けないと」


 舞台袖に繋がる通路の曲がり角に隠れながら、俺たちはひそひそ相談する。


「誘導役なんかいるって言ってたか? どうすんだよ。あいつずっと見てるって」

「うしろからポカっとやっちまうか」

「待て。おまえ制服脱げ」

「あ? 全部?」

「ブレザーだけ。んで訊いてきてくれ」


 メガネが舞台を向いているのを確認してから、円筒を出て上着をコスプレからエコの制服に替え、髪飾りを外す。


「あのー。ちょっといいですか? あたしの友達が、先輩にはなしがあるって」

「はなし? どんな?」

「それは本人から。あとVチューバーって見たりします? ぱふぇ子とか」

「誰ですか? それ」


 それを聞いて、俺はためらいがちに角から姿を現す。

 大丈夫だ。鏡に映った顔を思いだせ。エコの化粧は完璧だ。


「あの……先輩」


 相手の視線は一度こちらを捉えると、追尾して離れなかった。


「じつは私、以前見かけたときから、先輩に憧れてて……」


 女っぽい声ってこんなもんかなあ。

 エコの演技力がうらやましい。


「な、僕に……?」

「ちょっと二人きりでお話できませんか? 体育館の反対側の体育倉庫で」

「な、あんな誰もいない体育倉庫で……?」


 男が馬鹿で喜ぶべきか悲しむべきか。


「そう、マットや跳び箱がある体育倉庫で」

「バレーのネットや得点表示板がある体育倉庫で……!」


 なんに使うつもりだよ。


「し、しかし、僕にはここで発表会を見守るという役目が」

「お願いします! じつは私、もうすぐ転校するんです! これが最後のチャンスなんです!」

「転校!」

「ちょっと十分くらい準備をしたらすぐ行くんで、倉庫のなかで待っててください!」

「準備?」

「その……女の子だからいろいろ……。言わせないでください!」


 俺の恥じらいの演技は思わず目を逸らすくらい効果的だったらしい。

 おまえも逸らしてんじゃねえよ、エコ。


「わかった。さきに行って待ってる。君の、は、はなしを聞こうじゃないか」


 メガネを押さえながら小走りで行ってしまう。

 息をつくと身体から熱いものが抜けるようだった。


「マジで転校してー」

「よくやった。早く脱げ。装置を接続しろ。あたしはスモークマシン置くから」


 ささやき声で叫びあいながら準備にかかる。

 服をとっかえて髪飾りをつけ直す。

 舞台の左袖まで荷物を持ちあげ、装置上部と下部を接続する。

 下部から伸びたもう一本のコードを舞台袖のコンセントに引っぱる。

 板張りに嵌めこまれた金貨のようなフロアコンセントを開けて、プラグを挿しこむ。

 逆側に一つスモークマシンを置いたエコが舞台裏を回りこんできて、コンセントの隣にもう一つを降ろした。体育館に明かりが点った。


「プログラミング部の発表でした。つづきまして最後になりました、電子工作部の紹介です」


 放送部のアナウンスが聞こえる。

 間に合うか?

 エコが大砲を構えるように持ちあげた筒に頭を突っこみ、ビニールに手を突っぱって上体を起こす。

 もう部の概要説明がおわっちまう。

 やばい、震える。

 これは走りとおした疲労か、それともアガっちまってるのか?


「おまえマイクは?」

「もうポケットに持ってる」

「これケーブル、絡まってないだろうな。長さが足りなくなったら悲惨だぞ」

「落ちつけって」


 エコが舞台から振りむいて、スモークマシンのリモコンを片手に言う。


「上手くいったらキスしてやるよ」


 なんだそれ。

 暗くなった。

 エコがリモコンを二つ、人差し指を挟むことで同時に押す。

 足元と舞台の反対側から音と煙が吐きだされる。

 生徒らが驚きの声を上げる。


「行くぞ」


 靄に隠れながら、俺たちは舞台に駆けだした。

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