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俺をバ美肉させないで  作者: 天才川 スプリーム太郎
18/41

18 前夜

 火曜の四時限目、体育で身体測定をやらされる。

 ボールを投げたり上体を起こしたり。

 はりきる連中もいたが、俺はロクな数字も出ないまま適当に流していく。


「おまえ情けねーなー。中野にふられてショック受けてんのか?」


 ハンドボールを地面に叩きつけた俺に中田が寄ってくる。


「え? は?」

「昨日ほかのクラスのやつが見たって。おまえがハンバーガー屋で中野に泣かされてるの。通りすがりにちらっとだったけどたぶんおまえと中野だって」

「なにそれ。いや、花粉症だって。食べるのにマスク外したら花粉症で涙と鼻水が出ちゃっただけ」

「ふーん」


 自分から話題にしたくせに俺はどっちでもいいけどみたいな顔すんじゃねぇよ。

 で何メートルだった? ってこのタイミングで訊くのは自分の記録を自慢したいからってのがあからさますぎる。

 クラス一位って野球部が投擲でいい記録出すのは当たりまえだろ。

 さっさとおわらせて昼休みになって、エコに昨日別れたあと思いついたアイディアを教えたい、そんなことを考えながら最後の千五百メートルを走る。

 千五百って意外と短いなと思いながらゴールした瞬間、かたわらで女子が数人「おー」と騒いだ。


「三位、小豆畑だって」


 振り向くと、たしかに男子の大半はまだトラックを周っている。

 マスクをちょっと持ちあげ、湿気と熱を逃がす。


「やるじゃん。マラソンは得意なタイプ?」


 中田がのしかかるようにして首に腕を回してくる。息が生暖かい。

 エコとの走りこみの成果かな。


「マスク外したらもっといい記録出せたんじゃねーの?」

「花粉症だから」


 嘘を隠すためにまたべつの嘘を吐く、なんて話はよく聞くが、いまの俺みたいに同じ嘘をひたすら重ねていても墓穴を深くすることには変わりがない。

 花粉症の季節がおわってまだマスクをつけていたら「なにが花粉症だ。やっぱりマスク男子じゃないか」って言われることになる。


「そっちは? 一位? 二位?」

「二位だよ。野球部じゃ陸上部には勝てませんでした」


 エコはどんな記録だっただろう。

 マスクをつけた横顔は他人の記録も自分のそれも興味なさげだ。


「あの部潰れたら陸上部入ったら? マジで」


 手を離してから中田が言う。


「野球部じゃなくて?」

「野球部のマネはかわいい女子にやってもらうからいいの」


 そう聞いて、エコから視線を外した俺がいた。




「フレーム数だ」


 昼休み、飯に手もつけず語りだす俺に、エコもまた椅子の背を抱えて聞き入る。


「現実は人間の目で見て切れ目がまったくない。でもネットの動画ってのは一秒間に六十フレーム、低設定なら三十フレームしかない」

「あたしの動画、全部三十フレームだ。六十にするとレンダリングが倍時間かかるから」

「Vチューバーはだいたいそうだな。だから、止まってる状態なら気づきにくいけど、激しい動きになると動体視力のいい人間には見分けがつく。それが違和感の正体だ」


 エコの顔に理解が広がる。


「でもそれ、どうすんの? いまからアップする動画のフレーム数上げる? っても意味ないか」

「逆だ。現実のフレーム数を落とせばいい」


 頬を引きあげ、訝しげな顔をしてくる。

 そんなことできるわけがないって?


「この部屋はカーテンからかなり太陽光が漏れてるからな。でも体育館は照明を落とせば俺たちの装置のほかに大きな光源はなくなる。人の目は暗順応より明順応しやすいから、装置のLEDを素早く点滅させれば、なかにいる俺は光ったときにしか見えなくなる。闇と光で動画のコマを作るんだ」

「あー、映写機! あれみたいに、見えると見えないで動画にするのか。クリスマスの飾りつけみたいに点滅させて」

「だ。ただもっと高速のやつだな。まあLEDはもともと高速で点滅してるから、そういう意味では低速で……」

「いいよオタクの解説は」


 俺は鞄から、昨日電気街で買い求めた部品で組んだものを取りだす。


「高速点滅回路。これで自由にLEDの点滅速度を調整できる。これを組みこめば装置が光るフレーム数を三十まで落とせるはずだ」




 これまでべつべつの回路だった上下の装置を、コードで接続できるようにし一つの回路にまとめる。

 同時に点滅してくれないと綺麗なフレームにならないからだ。

 それほど難しい作業ではなかったはずなのに、凡ミスや細かい手直しなどでひたすら時間を取られていく。

 完成が見えたからこそ余計なこだわりが出てしまったってのもある。

 結局、点滅回路をつけて完成したのは木曜の下校時刻だった。

 先週騒ぎを起こしたばかりなので、おとなしく帰ってテストは当日に持ち越すことにする。


 俺たちは装置とぱふぇ子の衣装の入った紙袋を残して部室をあとにする。

 靴を履きかえ校舎を出ようとしたところで、ばったりと長い髪に出くわす。


「会長」


 生徒会長は俺たちを見比べ、短く笑った。


「遅くまで頑張ってるようだな。どうだ、明日は。よいものを見せられそうか?」

「どうですかね」


 エコが声を重ねてくる。


「どうですかねーぇ? お気に召すかわかりませんが」


 会長はますます笑う。


「楽しみにしてるよ」


 背を向ける会長を見ながらエコが床を鳴らす。


「明日はミスるなよ、絶対」


 そんなこと言うから自信がどっかに行くんだろ。

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